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第97話_万の羽音

――聖王教会仮設本部。


その跡地。


崩れた建物。

抉り取られた大地。


焼け焦げた瓦礫。

先ほどまで存在していた仮設本部は。


もはやその面影すら残していなかった。


やがて――。

戦場を覆っていた砂煙が、ゆっくりと晴れていく。


風が吹き抜ける。


その向こうから。

黒い外套の男が現れた。


ゆっくりと歩く男。


――《虚無》アムリタ。


仮面の奥。

表情は見えない。


だが。

その口元には――。


薄い笑みが浮かんでいた。


「私の魔法を止めましたか……」


感心したような声。


その声音には驚きがない。


むしろ。

次の獲物を探すような、


冷たい愉悦が滲んでいた。


アムリタは歩く。

瓦礫の山へ。


その足元。

崩れた建材の隙間。


そこに――。

二人の魔導士が潜んでいた。


「…………」


《断罪の智天》レオン。


そして――。

《金剛の力天》ギルバート。


二人とも、満身創痍だった。


レオンは息を殺している。


ギルバートは意識こそあるものの、ほとんど動けない。


(魔法の相打ち……)


レオンは必死に思考を巡らせる。


(この被害規模で……)


ロザリアは、

必殺の一撃を放った。


だが――。

アムリタの魔法を

完全に止められたわけではなかった。


互いの攻撃が衝突した。


その余波で、この惨状。

俺達は、辛うじて生き残った。


だが――。

あの男は。


平然と立っている。


「魔導王国の方面に逃げましたか――」

アムリタが呟く。


その視線が、二人の隠れている瓦礫へ向く。


レオンの心臓が跳ねた。


――気付かれた。


そう思った。


しかし。

アムリタは、そのまま二人の横を通り過ぎていった。


「………」

レオンは息を止める。


男は振り返らない。

「ターゲットは、貴方たちではありません」


まるで。

二人など眼中にない。


そう言わんばかりの口調だった。


アムリタは、そのまま歩いていく。


(ターゲット……)


レオンの脳裏に、一人の少女が浮かぶ。


(ロザリアか……)


最悪の推測。


だか、仲間を信じるしかない。


――生きて逃げろ。


レオンは心の中で祈った。



――――

――


西部大森林樹海。

二人の魔導士が、樹海を駆け抜けていた。


《神剣》アルトリウス。


そして――《迅速》カイ。


「………」

アルトリウスの表情は険しい。


地下洞窟。

そこにあった無数の卵。


そして――。

あの男。


時空管理局代表。

ヴィンセント・クロムウェル提督。


「団長……」

カイが口を開く。


「ああ」

アルトリウスは見てきた状況を伝える。


「卵は、まだ孵化していなかった」


「だが――」

言葉を切る。


「今は違うだろう」


その瞬間だった。

――ドクン。


遠くから。

大地を揺らすような魔力の奔流が走った。


アルトリウスが足を止める。


「………!」


二度目。


先ほどとは比較にならない。

巨大な魔力。


まるで大地の底から、

湧き上がる――奔流。


空気が震える。


鳥たちが一斉に飛び立つ。


樹海全体がざわめいた。


「……孵化が始まっているな」

アルトリウスが呟く。


カイの表情が強張る。

「そんな……」


その瞬間――。

空が暗くなった。


雲ではない。


巨大な――。

黒い帳。


大陸全土を覆うように広がっていく。


空と大地を隔てる。

巨大な檻。


「………!」

アルトリウスが神剣へ手を添えた。


《ディバイン・カリバーン》に魔力を流す。


――遠隔視。

視界が切り替わる。


遥か遠方。

西部大森林の地下。


洞窟の入口。

そして――。


「……最悪だな」

アルトリウスの声が低くなる。


カイが視線を向ける。


洞窟から飛び立つ影。


――否。


黒い脚。

鋭い顎。

巨大な羽。


「……蟲型の魔獣」


十匹。

百匹。

数え切れない。


孵化した蟲型魔獣が、次々と洞窟から飛び立っていく。


その数は――。

万を超えていた。


「団長……」

カイの声が震える。


アルトリウスは答えない。


ただ。

――見据える。


樹海の向こう。

空が――黒い。


最初は鳥の群れにも見えた。


――だが違う。


無数の羽。


無数の魔獣。


それらが一つの巨大な群れとなって、こちらへ向かっている。


――ブゥゥゥゥゥン……。


遠くから。

音が聞こえる。


万の羽音。


それだけで。

空気が震える。


「……カイ」

アルトリウスが静かに言った。


「先に行け」


「え?」


「本部へ戻れ」


アルトリウスは前を見たまま続ける。


「そして報告しろ」


「……団長は?」


「俺はここに残る」


カイが息を呑む。


「一人で……?」


「そうだ」


アルトリウスは神剣を抜いた。


――静かに。


それだけで。

周囲の空気が変わる。


「お前の役目は、報告することだ」


「そして――」

アルトリウスが振り返る。


「十二守護騎士を集めろ」


カイは一瞬だけ迷った。


だが。

その目を見れば分かる。


――これは命令だ。


「……了解!」

カイが駆け出す。


アルトリウスは一人。

迫り来る黒い群れを見据える。


――万の羽音。


「来い」

神剣を構える。


「一匹たりとも――」


その瞳に、恐れはない。


「この先へは通さない」



――――

――


ナタリーを背負い。

ロザリアは走っていた。


「もう少し……!」


荒い呼吸。


足が重い。


腕が痛い。


それでも止まらない。


魔導王国の仮設本部。


そこまで、

――もう遠くない。


「王国なら……」


誰かいる。


誰かが助けてくれる。


そう信じていた。


だが。

脳裏に蘇る。


――《虚無》アムリタ。


あの男。


あの圧倒的な魔力。


(あの化け物と戦える魔導士なんて……)


不安が膨らむ。


それでも。

走るしかない。


希望があるなら。

そこへ向かうしかない。


「……ローちゃん」


背中から声がした。


「――っ!」


ロザリアが振り返る。


「ナタリー!」


気絶していたナタリーが、薄く目を開けていた。


「まだ動かないで」


「大丈夫……」


「大丈夫じゃない!」


思わず声を荒げる。


だが。

それだけ仲間を心配している。


ナタリーは小さく笑った。


「……ローちゃん」


「なに……?」


「怖い顔」


「……うるさい」


そう言いながら。

ロザリアは走り続ける。


その時だった。


――キィィィィィィィン。


空間が震えた。


ロザリアの足が止まる。


「………!」


聞き覚えのある音。


あの魔法。


「……来る!」


ナタリーを下ろす暇すらない。


ロザリアは振り返る。


空間が収束していく。


一点へ。


世界そのものが削り取られるように。


「――熾天焦熱波!」

《プラズマ・カタストロフ》!


灼熱の魔力が爆発する。


白いプラズマと《虚無》が衝突した。

挿絵(By みてみん)


――空間が歪む。


ロザリアは歯を食いしばる。


「くっ……!」


――ギリギリ。


軌道を逸らす。


消滅魔法が横を掠めた。


その先。


森の一帯が。


消えた。


木々も。


大地も。


何も残らない。


ロザリアの瞳が細くなる。


(……分かった)


二度目の迎撃。


そして。

一つの可能性に辿り着く。


(何でも消せるわけじゃない)


魔力か。


対象か。


一定以上の魔力を満たしたものは魔法に触れれる。


それを満たさない物質は――


《虚無》によって消失する。


(あの魔法は――)


(消失は絶対ではない)


完全には理解したわけではない。


だが。

ロザリアは戦闘の中で、その本質を掴み始めていた。


その時。

空間が揺れる。


「――鬼ごっこは終わりです」


声。


目の前に現れた男。


アムリタ。


「これも上司からの命令でしてね」


仮面の奥。

――笑っている。


「貴女には――」


「消えてもらいます」


ロザリアはナタリーを地面へ下ろした。


ゆっくりと。


そして。


大剣型デバイス。

《レミエル》を構える。


もう逃げられない。


なら。

――戦うしかない。


「……上等だ」


魔力を練る。


傷だらけの身体。


残された魔力。


それでも。


魔導士として。


《灼熱の熾天》として。


退くつもりはなかった。


――キィィィィィィィン。


また。あの音。


だが。

今度は――。


一つではない。


「……?」


ロザリアの表情が変わる。


続けて。


キィィィィィィィン――。


キィィィィィィィン――。


キィィィィィィィン――。


空間が。


四ヶ所。


同時に収束していく。


「……四つ?」


アムリタが淡々と告げた。

「――《虚無》四式」


四つの魔法。


逃げ道を塞ぐ。


ロザリアは悟った。


「まずい……」


自分一人なら。


まだ何とかなるかもしれない。


だが。

ナタリーは――。


無理だ。


あの魔法を受ければ。


耐えられない。


「……っ」


守らなければ。


仲間を。


絶対に。


ロザリアはナタリーの前へ立つ。


大剣を握る手に力を込める。


――その瞬間。


世界が削られる音がした。


キィィィィィィィン――――。


「――――ッ!」


ロザリアが目を見開く。


四つの《虚無》が。


同時に迫る。


「ナタリー――!」


――死。


その言葉が脳裏を過った。


だが――。


次の瞬間。


「……え?」


――消えた。


魔法が。


跡形もなく。


消失した。


アムリタの《虚無》魔法が――。


世界から切り離される。


「………」


アムリタが初めて。


僅かに動きを止める。


何が起きた。


その答えは――。


世界そのものが。


変わり始めていた。


空が。


歪む。


星が笑う。


大地が囁く。


重力が曖昧になる。


時間の感覚が眠りへ落ちる。


現実と夢の境界が。


ゆっくりと。


溶けていく。


「……これは」

アムリタが呟く。


ロザリアも。


ナタリーも。


理解できない。


ただ。


分かることが一つだけあった。


ここは。


もう――。


現実ではない。

挿絵(By みてみん)


――夢。


常識が通じない世界。


因果さえも。


玩具へと変える。


異端の魔導士。


《眠り姫》ネネ。


その世界が――。


今。


惑星タタロスに顕現した。


作者( ゜Д゜):不思議の国の……。

オコジョ:おい!それ違うアリスや!

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