第39話 イオリの想い
「はあ」
アスカは、ため息をついた。見上げる空には、満天の星が光っている。
アスカは、夜になって森の広場に来ていた。その目には、星は映っていない。
「お父さんが、本当のお父さんじゃない。ジパニックの元首タイヨウ様が本当のお父さん」
アスカは、ラークから聞いた内容を整理するように繰り返す。
「僕は、ジパニックの後継者。ラークの弟」
今まで信じてきた、自分の存在。父親だと思っていた存在。それが、全て嘘だったのだ。
「どうやって、受け入れればいいんだよ」
そう簡単には、受け入れられるはずがない。
アスカは、自分の身体を抱えるようにしゃがみ込む。
「アスカ」
1人だけだと思っていた空間に、男性の声が響く。アスカは、慌てて立ち上がって声がした方を見た。
「ラーク」
広場の入り口にラークが立っていた。
「寝むれないのか?」
ラークはアスカの近くに来る。アスカは、無言で返した。
「イオリさんは、お前の本当のお父さんではない」
アスカは、ラークの力を思い出す。自分の気持ちを読まれたアスカは、何も言い返すことが出来なかった。
「でもな、イオリさんはお前のことを本当の息子だと思って育てたんだ」
「どういうこと? タイヨウ様からの任務だったんじゃないの?」
イオリに、アスカを逃がすように頼んだのはタイヨウだ。それは、ただの上司と部下の関係。
「確かに、始まりは父上のお願いからだ。でも、一緒に過ごす内に、人の心は変わるんだ」
アスカは、タイヨウの直血だが、まだ能力には目覚めていない。ラークのように、人の心を読むことが出来ない。アスカは懸命にイオリの姿を思い出すが、どうしても信じることが出来なかった。
「5歳くらいの時かな。イオリさんが1週間くらい家を空けたことなかったか?」
「なにを」
アスカは、ラークが何を言っているのか分からないながらも、11年前に思いを巡らせた。
「あ、あった」
「だろ? イオリさん。1回、ジパニックに帰ってきたんだ」
ラークは、星空を見上げた。
反乱が終結してから、1年後。ジパニックは未だ後処理に追われていた。反乱軍は城の周辺を破壊しており、建て直しに時間がかかっていたのだ。また、軍隊長であるイオリが抜けていたことで、指揮体制の確立にも時間がかかっていた。
「父上。イオリさんが帰ってきました!」
元首の部屋に、ヒバリとイオリが入ってくる。イオリの姿に、タイヨウは驚きの声を上げた。
「イオリ!」
「タイヨウ様。お元気そうでなによりです」
イオリは、タイヨウの前に跪く。
「お前も、元気そうだな」
「ええ。今は、アリステルのコールスという所に居を置いています。アスカ様も元気に育っていますよ」
イオリは、ヒバリに数枚の写真を渡す。
「アスカ」
写真には、元気に微笑むアスカが写っていた。ヒバリは、安心したような声を上げる。1年間会わなかっただけで、アスカは見違えるように成長していた。そして、それはヒバリも同じだった。
「ヒバリ様も、成長されましたね」
イオリは、ヒバリの灰色の髪の毛を撫でた。
「アスカは、ジパニックでのことを覚えているのか?」
「いえ。覚えていません。しかも、私のことを父親だと思っているようです」
イオリは、苦笑いでタイヨウを見る。確かに幼い頃に別れたのだから、タイヨウのことを覚えていないのは仕方がない。しかし、代わりに育てているイオリのことを父親だと思うようになったのは、イオリにとっても想定外だった。
「私も、アスカ様がこちらに戻ってくるまでは、普通の子供として育てたいと思っているのです。何も知らない、優しい子供に育って欲しいのです。タイヨウ様、よろしいでしょうか?」
いずれ、タイヨウの跡を継いでジパニックの元首になる者としては、幼いうちから自覚を持って育って欲しいとタイヨウは思っていた。しかし、今は事情が違う。アリステルに暮らしている現在の時点では、その自覚は必要ない。何も知らずに、純粋に育ったほうがいいのかもしれない。
それに、アスカにはヒバリもいる。たとえアスカの力が足りないとしても、ヒバリならアスカを守ってくれる。
タイヨウは、ヒバリを見た。
「いいですよ。俺は、それで」
ヒバリは、いつものように笑う。タイヨウは、その笑顔に安心するとともに、恐ろしくも思った。
「イオリ。お前は、父親として慕ってくるアスカをどう思っている?」
「言ってもいいのですか?」
タイヨウは、無言で頷く。
「私も、本当の息子のように感じています」
「なら、そのように育ててくれ」
タイヨウの顔を、イオリとヒバリが同時に見た。
「アスカを、頼むぞ」
タイヨウがイオリに頭を下げた。
アスカは、確かに3歳までのことを覚えていなかった。だから、イオリを父だと認識したのだ。
しかし、イオリは拒絶することもできた。自分は、父ではないと真実を教えることもできた。それをしなかったのは、イオリの優しさと愛情の証だった。
「イオリさんは、お前のことを本当の息子だと思って育てたんだ。だから、アスカも、イオリさんのことを疑うことなく、お父さんだと思ってたんだろ?」
「お父さん」
アスカは、刀の柄を握った。




