第34話 アスカの記憶
西の村コールスは、漁で有名な村である。海に面し、大きな港を有している。アリステル人以外の人間が多いこともあり、異人の村とも呼ばれていた。
10年前。アスカの住む家は、海沿いの端にあった。父であるイオリ、母であるセイレン、そしてアスカの3人で暮らしていたのだ。
「お父さん。どこ行くの?」
アスカは、玄関で出る支度をしていたイオリに聞いた。イオリは、アスカに良く似た黒い瞳で、アスカを捉える。
「呼び出されたんだ。ちょっと行ってくるな。お母さんを頼むぞ」
イオリは、コールスで自衛官の役に就いていた。腰に刀を提げ、日々村人の安全を守っているのだ。
「うん! 任せて」
アスカは満面の笑みで答える。
「イオリさん。気をつけてね」
「ああ。行ってくるよ」
セイレンは、イオリに1本の刀を手渡す。イオリは、刀を腰に提げ、家から出て行った。
「さあ。アスカ。お母さんとお留守番しましょうね」
「うん」
アスカは、セイレンに手を引かれ、家の中へと戻って行った。
コールスに住むほとんどの人の職業は、漁師である。面している海では、美味しい魚を獲ることが出来る。その一方で、その魚を輸出したり、国に有益なものを輸入したりする貿易商の仕事に就く者もいる。そして、腕に自信のある者は、自衛官の役に就く。
アリステル人以外の国の者が多いコールスは、人種を超えてお互い協力しながら平和に暮らしていた。それでも、人種の違いから争いが起こることは多々ある。そのために自衛官がいるのだった。
「イオリさん。呼び出してすいません。実は、海の方を監視していた者から報告があって」
「どうした?」
イオリは、港の近くに建てられている駐屯所の中に入る。
自衛官の駐屯所はコールスの村に3ヶ所存在しており、港の近くの駐屯所は、主に海の監視の役割を担っていた。イオリは、そこを統括する分隊長だった。
「海の向こうから船が3隻近づいているそうです。それが、オーリウスの船だそうで」
「なんだと」
イオリは、窓から双眼鏡を通して海を見る。イオリの目に映ったのは、オーリウスの紋章旗を掲げた3隻の船だった。
「とりあえず、本部に報告。様子を見よう」
「は、はい」
駐屯所の隊員は、急いで本部へと連絡した。
コールスにいる自衛官は、10数名ほどである。その隊員が本部、海の駐屯所、山の駐屯所に分かれている。どこかの駐屯所で何かがあった時は、何人かの隊員が応援に向かわされていた。
「アスカ。なんか、海の方が騒がしいみたい。ちょっと様子見てくるわね」
「僕も、行く!」
「そうね。一緒に行きましょうかしら」
イオリから報告を受けた本部は、海の駐屯所に2人の隊員を送っていた。そのため、なにかあったのかと村人が騒ぎ、ちょっとした騒ぎになっていたのだ。
セイレンは、アスカの手を引き、港へと向かう。
「大丈夫です! 何もありませんから。家に帰ってください」
港では、集まった村人で混雑していた。
「あ、お父さんだ」
アスカは、村人の前に立つ男性に指を向けた。イオリは、集まった村人に大きな声で説明をしていた。
「なんともないみたいね。良かった」
セイレンが呟いた瞬間、家が並ぶ方で、大きな音がした。全員が、そっちを向く。
「な、なんだ!」
村人が、声を荒げる。イオリは、思わずオーリウスの船の方を向くが、船には何の変化も見られない。
「火が!」
村のあちこちから、火が上がっていた。家に残っていた村人の悲鳴が聞こえる。
「た、大変です!」
駐屯所の中から、隊員が出てくる。
「村の周りからオーリウスの兵士が侵攻をして来ています。もう、村の中にも入っている模様です」
「なんだと!」
衝撃的な報告にイオリが叫んだ瞬間、船の方から砲撃音が聞こえた。
「きゃっー」
村人は、大きな声を上げながら村のあちこちに逃げ回る。しかし、村にはすでにオーリウスの兵士が何人も入っていた。
「た、助けて」
オーリウスの兵士と対面した村人は、成す術なく、殺されていく。
「アスカ。逃げるわよ」
セイレンは、アスカの手を握ろうとする。しかし、混雑した村人に揉まれ、その手は空を切る。
「ア、アスカ!」
セイレンは、焦って周りを見渡す。しかし、周りにはアスカの黒い髪は見当たらない。
「セイレン」
「イオリさん。アスカが」
「村の方を探そう。港は、危ない」
イオリは、家のある方へ走っていく。セイレンは、イオリの後ろを付いて行った。
コールスは、すでに火の手が上がっていた。数時間前まで平和だった面影はどこにもない。あちこちから、村人の悲鳴が聞こえている。
「お父さん。お母さん!」
セイレンとはぐれたアスカは、村人の間を縫いながら村を走る。
「アスカ! 大丈夫か?」
アスカは立ち止まって後ろを振り返った。そこには、炎に照らされたイオリとセイレンがいた。
「良かった。あなたが無事で」
セイレンがアスカを抱きしめようとする。しかし、その瞬間、セイレンから血しぶきが上がった。
「ア、アスカ」
セイレンはアスカの目の前に倒れ、アスカの顔にセイレンの血がかかる。セイレンの後ろからオーリウスの兵士が現れた。
「お、かあ、さん……?」
アスカは呆然とした顔で、無表情なオーリウスの兵士を瞳に写す。
「アスカ! 危ない!」
オーリウスの兵士が剣を振りかぶる。イオリがアスカとオーリウスの兵士の間に入り込む。イオリの背中から、血しぶきが上がった。
「アスカ…。逃げ、ろ…」
「お父さん。お父さん!」
アスカはイオリの身体を揺さぶるが、イオリは起きない。兵士が再度剣を振りかぶった。
「アスカ! おい、アスカ!」
「ん。ラーク」
「大丈夫か? コールスに着くぞ」
アスカは、トラックの中にいた。トラックは、アスカ、ラーク、リュンを乗せて、コールスへと向かっていた。
トラックが、音をたてて止まる。3人は、揃ってトラックの外に出る。
「ここが、コールス」
3人の目の前には、荒れ果てた村が存在していた。




