第31話 兄弟の溝
キルクの武器は、ナイフである。そして、キルクからナイフの使い方を習い、コージュとゼクスはナイフを身に付けた。
しかし、キルクも英才教育をしようとは思っていなかった。実際にナイフを教えるのは、興味を示してからだと考え、コージュがナイフの扱い方を習ったのも、10歳の頃であった。それまでは、名家だからといって、特別な育て方は一切してこなかったのである。
「ゼクスはその時、まだ4歳。何の力も持っていない子供だった」
「ど、どうなったんですか?」
「お前のところの隊長は、やっぱり天才だったんだ」
セッカは、窓の外に目を向けた。
突然現れたゼクスに、コージュはナイフを止めようと、走る。しかし、いくらコージュが素早くても、一度放たれたナイフに追いつくはずがない。
「くそっ」
セッカは、チャクラムをナイフに向かって投げる。2つのナイフが、チャクラムに当たり、地面に落ちる。
「あと、8つ」
ルドルフは、避けた身体を再度捻り、ナイフに身体を向ける。そして、拳銃を連射した。
「当たれ!」
最後の1本が、ゼクスの目の前で音を立てて地面に落ちる。
全てのナイフが、ゼクスではなく、地面に突き刺さった。
「はあ、良かった」
3人は、安堵の表情を浮かべる。しかし、ゼクスは、何が起こったのか分かっていない。
「兄ちゃん」
ゼクスは、あどけない笑顔を浮かべたまま、コージュに近寄る。ゼクスとコージュが近寄った瞬間、破裂音が響き渡った。
「コ、コージュ」
コージュが、ゼクスの頬を引っ叩いたのだ。ゼクスの目に涙がたまっていく。
「二度と俺に近寄るな」
ゼクスは、走って家の中へ戻って行った。
コージュは、自分の右手を見つめ、悲しそうな表情を浮かべる。
「言って後悔するくらいなら、言わなきゃいいじゃないか」
セッカは、チャクラムを回収し、コージュに近づく。
「俺は、ゼクスを殺すところだった。俺より弱いゼクスが近くにいたら、また今日のようなことが起こるかもしれない。何かあってからじゃ、遅い」
12歳も年が離れているコージュとゼクスの力の差は歴然である。仲良くするということは、それだけ近くにいるということ。そうなると、また今日のようにコージュの力がゼクスを脅かす可能性が出てくる。
「でも、お前たち、仲良いのに」
コージュにとって、12年経って出来た弟であるゼクスは、可愛い存在だった。キルクの記憶どおり、生まれた頃は世話も積極的に行っていた。そのことを、セッカとルドルフは知っていた。
「だから、怖いんだよ」
コージュの悲痛な叫びに、セッカとルドルフは何も言えなかった。
「ルドルフ。セッカ。弟を助けてくれて、ありがとう」
コージュは、2人に向かって頭を下げた。
「じゃあ、コージュさんがゼクスさんに興味のない振りをするのって」
「そ、ゼクスを守るため。本当は、良い兄なんだよ」
セッカは、アスカに目を向ける。
16年前の出来事があるまで、コージュとゼクスは仲の良い兄弟だった。しかし、16年前の出来事を機に、コージュはゼクスのことを突き放すために無視するようになった。
「ゼクスは、あの出来事を覚えていない。絶対、言わないでくれってコージュに言われてな。仲の悪いショークブルク兄弟の出来上がりってわけ」
「そんな。ゼクスさんは、もう充分強いのに」
「認めるために近寄ることすら怖いんだろうな。近寄ったら傷付けるかもしれないって」
コージュのゼクスに対する認識は、16年前から変わっていない。
コージュにとってゼクスが可愛い弟なのは事実だ。しかし、だからこそ、近寄ることが、傷付けることが、怖いのだった。
「なら、今のコージュさんの行動は」
「近寄りたいけど、近寄りたくない。その葛藤の表れだろうな。あの日のように、ゼクスから近寄ってくれれば、もしかしたら」
セッカの呟きは、アスカの耳にしか入らなかった。




