第26話 忍び耐える力
一番手前から奥の的までは、50メートルの距離がある。熟練した者でも、真ん中に当てるのは難しい距離である。
「くそ」
アスカは、スコープを覗き込んで的を狙う。しかし、アスカの放った弾は的をかすりもしない。
「ただいまー。隊長、まだ寝てんですかー」
1人の男性が待機室に入ってくる。
「あれ、誰?」
男性の視線が、アスカに向く。アスカは、覗き込んでいたスコープから目を話し、男性の方を向く。
「あ、第4戦闘部隊所属、アスカ・シノノメです」
「ああ。お前が。俺は、第2戦闘部隊副隊長のクルー・ミッシェル。で、何してんの?」
第2戦闘部隊副隊長、クルー・ミッシェル。細身の身体をした、背の小さい人物である。そのため、1対1の普通の戦闘の能力はあまり高くない。しかし、遠距離の戦闘を専門とした第2戦闘部隊では、隊長に次ぐ実力を持っている。
「あの、訓練で。奥の的の真ん中に当てろって言われたんで」
「ああ。訓練ね」
クルーは、目を細めて的を見る。
「あーあ。あんなに撃ったのか。もったいねえなあ」
『第2戦闘部隊待機室』においてあるライフルは、モデルガンであり、実弾が飛んでいるわけではない。ライフルの弾は実弾とは違い、何度も繰り返し使うことが出来るためである。
しかし、モデルガンの弾も、無限ではない。繰り返し使うほど、痛み、壊れるため、定期的に補充が必要となる。実弾ほどのお金はかからないにせよ、補充にはお金がかかるのだ。
「見えるんですか?」
「ああ。俺、視力両目とも2以上あるから」
普通、50メートルも離れていたら、スコープを通してでなければ見えない。しかし、クルーの目は、それを可能にしていた。そしてそれが、第2戦闘部隊で隊長に次ぐ強さを誇る所以であった。
「アスカ。まずは、姿勢だな」
『第2戦闘部隊待機室』の左半分は、奥に的が並んであり、手前にはライフルを固定する台が置かれている。アスカは、両膝立ちの状態で、台に固定したライフルのスコープを覗き込んでいた。
「いいか。まず、片方の膝を立てて、引き金を引く方の腕を乗せろ」
アスカは、右ひざを立てて、右腕を膝の上に乗せる。そうすることで、撃つときには不安定だった腕が、定まる。
「次に、上体を浮かせずに、顔は正面だけ見ろ」
アスカは、左足の足首に上体を固定し、スコープを正面から覗き込んでまっすぐ見る。
「んで、その状態で、引き金を引け」
クルーの声に合わせて引き金を引く。弾が何かに当たった音が響き渡った。
「あ、当たった」
「ああ。惜しいな。真ん中からは少し外れたか。でも、初心者にしては、上手い方だな」
弾は、真ん中の少し右に当たっていた。しかし、姿勢を直しただけでそこまで当てるのは、ライフルをほとんど扱ったことのない者にしては上出来だった。
「ほう。姿勢直しただけで当てたか。意外だな」
「隊長」
アリーが、クルーとアスカのところまで来る。
「当てるのは絶望的だと思ったんだがな」
「起きてたんなら、教えてあげてくださいよ。コアの新人は、普段刀を使ってるって聞くから、ライフルとかはほぼ初めてなんじゃないですか? なあ、アスカ」
アスカは、無言で頷く。
「あほう。だから、お前は副隊長のままなんだよ。いつになったらその莫迦な頭と背は成長するんだ」
「なんすか! 背は関係ないでしょ」
突然始まったアスカとクルーの諍いに、アスカはどうすることも出来ない。
「クルー。お前はこっから10回やった内、何回真ん中に当てる自信がある?」
「そうですね。6回くらいじゃないですかね」
「まあ。お前ならそうだろうな。ちなみに私は」
アリーは、アスカの持っていたライフルを取って、的に向かって構える。アリーが引き金を引くと、弾が的に当たる音が聞こえた。
「全て当てるがな」
「そりゃ、隊長は、迅速な鷹の目って呼ばれているんですし」
アリーは、狙った獲物は外さない。百発百中の腕前を持っている。そのことから、迅速な鷹の目の二つ名が付いていた。
「だがな、アスカみたいな素人に、うちの副隊長ですら難しいことを訓練としてやらす訳がないだろう」
クルーは、10回中6回くらいなら当てることが出来ると言った。ライフルの扱いに長けた第2戦闘部隊の副隊長ですら難しいものを、アスカが1日や2日で出来るわけがない。
「なら、なんでやらせたんですか?」
「遠距離の攻撃に必要なのは、忍耐力。それがあるか試したかったんだ。私が寝ているのをいいことにサボったり、途中で止めたりしたら、その時点で不合格にするつもりだった」
アリーは、寝てるふりをして、ずっとアスカのことを観察していた。
遠距離の攻撃をする時、一度場所を決めたらそう簡単には移動できない。ターゲットが来るまで、そこでじっと待たなければいけないのだ。そして、動くターゲットを確実に当てるタイミングを待つのにも、忍耐力が必要となる。
「クルー。あそこには大体どのくらいの弾が落ちてる?」
「そうっすね。50は超えているんじゃないですか? どのくらいの時間やっていたのか知りませんけど。多いほうじゃないんですかね」
クルーは、アスカを見て笑いながら言う。
「だそうだぞ」
アリーは、アスカの手の上に証を落とした。
アスカは、アリーが寝たふりを始めてから一度も休まずにライフルを撃ち続けていた。例えかすりもしなくても、諦めることはしなかったのだ。その成果が、手の上にある証だった。
「あ、ありがとうございます!」
アスカは、アリーに頭を下げた。




