キャルと留学生活
パタヂャカに来てからジャッキーのお祖母様には何度かお会いした。
その度射抜くような黒い瞳で俺を見る。
ジャッキーと同じ強い瞳。
厳格な話し方には圧がある。
そしていつも俺が話し出すと眉をひそめる。
ジャッキーにそのことを話すとくすくす笑いながら教えてくれた。
「仕方ないわ。あなたのパタヂャカ語の話し方がお母様の話し方とそっっくりだもの。」
そっくりを強調して言われたあたり本当にそっくりなんだろう。
仕方がない。
バーバラ夫人にパタヂャカ語を教えて貰ったんだから……
いや、教えてもらったと言うのか?あれは。
どちらかといえばパタヂャカ語でしか話してもらえなかったと言うのが正しい。
パタヂャカ語でしか会話してもらえないからパタヂャカの伝手が欲しいと交渉するにしてもまず言語を習得しないことには相手にしてもらえなかったんだ。
しかもゆっくり話すなんて事してくれる訳もないから、おかげでこちらでどんだけ早口の人がいようとも問題なく話せる。
……ありがたいと思うべきなのか?
バーバラ夫人はなかなかどうして食えない人だ。
こんな厳格な国の侯爵令嬢でありながら駆け落ち同然で国を出て平民やってたんだから、どうかしている。
そう思えば食えないのは当然か。
俺がパタヂャカに来て1ヶ月が過ぎようとしている。
こちらに来て最初に気になったのはジャッキーに言いよる男がいなかったかどうかだ。
ジャッキーと仲の良い伯爵令嬢のカレン嬢曰く
「あなた、後から来ていいところ掻っ攫って行ったから恨まれているわよ。でも私は尻込みして何もせずにいた殿方達が悪いと思うわ。」
とおっとりと笑って教えてくれた。
こちらでもジャッキーはリラと同じ。
誰もが気になるが声がかけられない。
そういう存在だったらしくホッと胸をなでおろした。
勉強の方はといえば、パタヂャカの学院はとても厳しい。
優秀な人間しか入学出来ないだけあって授業は難しいし、先生も厳しい。
院の先生は全員ルーカス先生なんじゃないかと思うくらいだ。
だから学院生は忙しい。
放課後デートなんて暇はないくらいに……
結局はリラにいた時と同じ。
ランチを一緒にとって週末の逢瀬を楽しむことしかできない。
それすらもあやしい時もあるくらいだった。
そうなると2人きりでゆっくりできるのは学院の行き帰りの馬車の中だけ。
ジャッキーの屋敷が近くなると、離れがたい気持ちで口付けをして、お別れするのが常だった。
今日も今日とて帰りの馬車に乗れば、無情にも屋敷が近づいてくる。
今日は週の始まり。
昨日の休みは俺の屋敷で一日中一緒に居ることができたから余計に今日の別れが名残惜しい。
はあ
落ち込みながらも隣のジャッキーの肩を引き寄せ白い頬を撫でる。
すると彼女の目が閉じられた。
ああ可愛い……
もちろん俺は目を開けたまま、そっとくちびるを重ねる。
ジャッキーを見つめながら口付けていると、少し眉を顰めてジャッキーが息を継ぐ。
あ、まずい。
思った時にはもう遅い。
薄く開いた彼女の目とぱちっと視線が合った。
合ってしまった。
ジャッキーの目が大きく開く。
だというのに、俺は口付けを止められない。
ジャッキーは恥じらいに頬を染めて俺の胸を押した。
でも新しく見る顔を見逃したく無い。
しっかりと頭に手を回し、気付けば口付けを深くしていた。
これはまずくないかと思うんだが体が言うことを聞かないんだから仕方がない。
その時、羞恥でいっぱいだったジャッキーの瞳がとろり、と溶けた。
?!
ええ?!
かっわい……
ビリビリと足先から痺れるような感覚がせり上がってくる。
可愛い可愛い………
目を合わせてする口づけに狂わんばかりに夢中になっていると急にスッと目の前が暗くなる。
ジャッキーが手で俺の目を隠したのだ。
ぱ、とくちびるが離れる。
ああ……
俺の目を隠しているジャッキーの手を片手で掴むと顔を上気させたジャッキーが見えた。
彼女は顔を横に向けて「どうして見ているの……」と途切れ途切れにつぶやく。
ああ!
「最高だ!」
思わず俺は心の声を叫んでまた口付けようとしたところを力一杯突き飛ばされた。
パアンと軽快な音が馬車の中に鳴り響く。
容赦無く引っ叩かれた俺は、この後どれだけ機嫌をとっても口をきいてもらえずこの日は別れてしまい、それからも許してもらうのに随分と時間がかかる羽目になる。
ようやく口をきいてくれたジャッキーに二度としないでと言われ
「それは無理だ」と馬鹿正直に答えたために
「キャぁル」と睨まれ、また延長戦にもつれ込むのだが、嘘はつけない。
何日も口をきいてもらえないという大きすぎる代償に、夢中になった事を後悔するが、彼女の前でニヤニヤがうまく隠せるようになった事は良かったのかもしれない。
何故ニヤニヤするのかって?
ジャッキーが間延びして俺の名前を呼ぶときはそんなに怒っていない事を知っているからだ。
だからこれは痴話喧嘩。
初めての痴話喧嘩にすっかり浮かれて俺はニヤニヤと笑う。
もちろん一人の時に。




