キャルと令嬢
今日はジャッキーが屋敷に遊びに来ている。
彼女からすれば懐かしい屋敷。
だけれどこちらに来てからは、寄り付いていなかったらしい。
「用事がないもの。」
とはジャッキーの弁。
確かに。
「セバスさんは一緒にこなかったの?」
「セバスも年だからな、長旅も辛いだろうしね。寒さも堪えるだろう。」
俺の使っている部屋が昔彼女が使っていた部屋らしく、少しはしゃぎ気味のジャッキーが可愛い。
なんだか丘の上の図書館に初めて来た時を思い起こさせる。
彼女はバルコニーからの景色を眺め、
「懐かしい景色なのに違った様に見えるわ。」
そう言って楽しそうに笑う。
笑い顔は一年半前と変わらない。
「それはジャッキーが成長したからじゃないか?」
ジャッキーはこちらを見上げると「そうかもしれないわね。」と微笑んだ。
ジャッキー
そう呼べるのが幸せで仕方がない。
彼女がリラを去ってから、また俺は心の中ですら彼女の名前を呼べなくなってしまっていた。
呼べば悲しくて寂しくてやりきれなくなってしまうから。
だから今は本当に幸せだ……
風が吹くとジャッキーは肩をすくめて身震いをした。
パタヂャカは春でも少し肌寒い。
俺は自分の上着をジャッキーに着せた。
寒くない様しっかりと腕を通させる。
ジャッキーがこちらを見てありがとうと目を細めた。
口元が緩む。
俺の服を着たジャッキー。
ジャッキーはスラリと手足が長い。
しかしだからと言って俺の服が合うわけがない。
長い袖から指先だけがチョコっと出ていた。
リラ国の学園にいた頃、令嬢といる時に俺が上着を脱げば大抵の令嬢は俺の上着を羽織っていた。
チラチラとこちらをうかがい見る令嬢に「ブカブカでかわいいね」と言えば嬉しそうに頬を染めて上目遣いにこちらを見るのだ。
まあ………リラでジャッキーが俺の脱いだ上着を着ることなんて、一度もなかったけれど……
だからかこうして俺の上着を着ているジャッキーに、浮かれて反射の様に言ってしまった。
「ブカブカだね。」と。
その結果。
ジャッキーはなんだかムッとした顔でこちらを見ようともしなくなった。
(え…怒った?)
恥じらう令嬢しか見たことがなかった俺はすっかり戸惑った。
そんな俺に構わずジャッキーは言った。
「ブカブカっていうほど大きくはないですが。」
「へっ?」
なぜ敬語……
そしてどこをみてるんだ……
バルコニーからの景色を見ている……のか?
「確かにピッタリではないけれど、着ていて違和感は無いと思いますが。」
言い募る。
だから、なぜ敬語なんだ。
「きちんとボタンをとめてスカートと合わせれば、誰もブカブカだとは思わないのではないですか。」
なんだそれ!
「ぶはっ!ははは!!あはははは!」
思わず吹き出したものの俺は唇を噛んで片手で顔を抑えて笑いを堪える。
いややっぱ無理だ。
「んくくくく!!」
俺はくの字に体を曲げて笑いを必死に押し殺す。
なんでそんなに悔しがるんだよ!
腹が痛い!
わけがわからん!
顔を上げればジャッキーが俺に顔を向けていた。
思い切り俺を睨みつけている。
そして笑う俺に詰め寄った。
「ですから!適当ではなくきちんと着ればきゃあ!」
言葉は悲鳴で打ち切られた。
詰め寄ってきたジャッキーを俺が捕まえたからだ。
俺の胸にジャッキーが勢い良く飛び込んで来る。
「キャル!急に……」
「可愛い」
ガバっと俺の胸から顔を上げたジャッキーに間髪をいれず言うとジャッキーは虚をつかれた様な顔で目を丸くした。
俺が揶揄っているとでも思っていたのか。
でもそこで張り合うのはよくわからない。
俺の服が大きいのは当たり前じゃないのか。
「可愛いすぎておかしくなりそうだ。」
頭に手を回すとちゅと口付けた。
突然の口付けにジャッキーは体をびくりとさせ、唇を引き結ぶ。
唇が離れるとどうして今口付けたのかという顔をして俺を見た。
「ふ……」
その顔も愛しくてたまらない。
「ニヤニヤして……」
「してないよ」
言ってすぐまたジャッキーの口を塞ぐ。
柔らかなくちびるを食みながら痺れるような幸福感に浸る。
俺の浅はかな計算なんてジャッキーの前ではなんの意味も持たない。
もっと楽な道もあるというのに、先の見えない道を何もかも捨てて結局一歩から始めるだなんて。
君じゃなきゃ絶対にやらない。
俺はジャッキーだから、運命の糸を追ってここまで来たんだ。




