冷静になれば
私たちは膝を付き合わせて馬車に乗っていた。
見覚えのある、紋のない馬車。
リラにいた時はこの馬車で毎日丘の上に通っていた。
今パタヂャカで乗っている事が奇妙に感じた。
さっきまで公衆の面前でとんでもない醜態を晒していた私たち。
先生におずおずと声をかけられて勢いよく彼から離れた。
とてもではないけれど、その場に踏みとどまることが出来なかった。
周囲の目が刺さる。
「今日は帰ります。」と涙ながら先生に訴えかけた私に彼が家まで送ると名乗りをあげた。
注目を浴びることに慣れている彼は平然と私を連れてその場を後にした。
初日からサボりだなんて……
ちら、と彼の方をみればバチっと目があう。
ずっとこっちを見てたらしい。
彼は長い足を組んで、窓に軽く肘をおいて頬杖をついている。
相変わらず美術品のように何もかもが完璧にきまっている。
リラ国から逃げてきたはずだった。
その元凶が目の前にいる不思議が受け入れられない。
──君が好きだから追いかけて来た──
本当にそれだけでパタヂャカまで来たんだろうか。
彼は四男といえど由緒正しい家の出だ。
そんな事を言う目の前の彼は本当に本物だろうか。
現実味が無い。
「どうしてこの国にあなたがいるの?」
受け入れるべく質問をした。
彼は少し肩をすくめて答えた。
「君を追いかけて来たっていうのはさっき言ったよな。どういう手段できたかってことかい?」
ええっと……
思っている間に彼は話しだす。
「君のご両親に頼み込んだんだ。この国に伝手があるのはリラ国ではカザン準男爵だけだからね。君のお父上は最後まで渋い顔をしていたけれど、お母上は協力してくれた。俺と少し似てるからって。」
確かに……母親は侯爵家四女で生まれた一年後嫡男が生まれたのだ。
ようやく授かった跡取りに皆夢中になったおかげで、お母様はまったく構われずに育ち、貴族らしくないせいでお父様と出会って駆け落ち寸前までいったという……
でも似ているからってお母様、私に一言もなく……
戸惑う私には構わず彼の話は進んでいく。
「今俺が住んでいる所は、君が知ったら驚くんじゃないのかな。」
そう言って私の顔を覗き込むと悪戯っぽく笑う。
ドキリと胸が鳴ったのが悔しくて目を伏せた。
「君が幼少期住んでいた屋敷だよ。ご両親が貸してくれたんだ。君のお祖母様が用意した君たちの屋敷らしいね。」
「……お父様は何も言っていなかったわ。」
2度も会ったのに。
「言ったろう?最後まで渋い顔をしていたって。」
私は押し黙った。
「言葉も君のご両親に教えてもらった。おかげで一年半で難なく話せる。俺の父親に学園は卒業しろって言われたから単位を全部とって卒業式は出ずにリラ国を出発して……」
「サナリス家の御当主は許可したの?」
驚きで思わず彼の言葉を遮ってしまう。
「まあ、文句がないようにしてきたし、許可は当然だな。」
茶化す様な言い方に唖然とする。
懐かしい彼の口調にじわじわと現実味が増してくる。
彼はすべて整えて、段階を踏んで、この国にやって来たのだ。
「君のお祖母様にも挨拶は済んでいるよ。君にも早く会いたかったけれど、こちらに来てからもすることが多かったし、会うならきちんと時間を取りたかったし……」
あんな再会は少し不本意だったらしい。
最後は口ごもった。
一通り話し終えると馬車の中はまた静かになった。
「大人っぽくなったね。見間違えたりはしないけれど……別人みたいだ。」
沈黙を破るようにポツリと彼が呟いた。
それをいうなら彼も……一年半前はまだ学園生の顔だった。
目の前の彼はすっかり大人の男性になっている。
だからと言って自分もそうなっているかと言われれば疑問が残る。
「そうかしら……」
曖昧にごまかす。
「綺麗になっていて驚いた。」
唐突に褒められて喉が詰まる。
「でも相変わらず可愛い。」
え
反射的にキャルを見た。
軽薄に言っただけなんだろう。
彼は言うだけ言って顔を窓の外に向けた。
すぐこういう事を言う人だ。
わかっているのに私はじわじわと汗が吹き出しそうなくらい顔が熱くなってくる。
可愛いなんて、彼以外に言われる事はなかったから……
顔が赤い事を気付かれたくない。
だというのに色んな感情が湧き上がりどんどん顔は熱くなっていく。
隠すように俯いた。
安心できずに熱くなった頬を両手で覆う。
それでも隠しきれない熱い耳はどうしよう…………
そこまで考えて、ああっと目を見開いた。
唐突にさっきのキャルの言葉が蘇る。
──最初からずっと君だけが……
ば、目の前の彼を見た。
いきなり顔を上げた私に彼はこちらを見た。
「どうしたんだ?」
「何も……」
何もない訳はない。
丸くした目は戻らない。
でも言葉は続かずにまた俯いてしまう。
「しかし顔も赤い。」
私を気遣う声。
やがて少し黙ったあと訝しげに唸ると、彼は腕を組んだ。
「もしかして…………笑ってる?」
え?
「私が?」
「君以外誰がいるんだ。」
「ふっふふ!確かにそうね。」
笑い出した私にキャルが憮然とした表情を浮かべた。
そうね。
笑ってるかもね。
だって気付いてしまった。
その事がどうしようもなく顔を緩ませる。
声が弾む。
「あなたってば、本当に最初から私のこと好きだったのね。」
「は?何言って……え?!」
彼が慌てふためく。
さっきまでの気まずさはもうない。
今なら言えるわ。
ううん。
言いたい。
私も、きっと最初から。
図書館の中庭で
あなたの赤い耳を見た時からずっと……
「私もよ。」
「え?」
「私も最初からあなたが好きだったわ。」
「ええ?!」
グリーングレーの瞳が驚きに染まって私を見つめる。
「…………本当に?」
私は頷く。
「本当に、君も入学式から俺のことを?」
「え?」
「え?」
2人して黙り込む。
入学式………
まじまじと彼を見つめる。
「……そんな前からの話だったの?」
思わず眉を顰めた。
キャルはしまったという顔をしたかと思うと、バツ悪そうに黙り込む。
でもすぐ意を決したように口を開いた。
「ああそうだよ!壇上から黒髪の君を見つけて一目惚れだ!」
開き直ったような言い様に笑わずにはいられない。
彼にじゃない。
彼の言葉を聞いて黒髪でよかったなんて思った自分にだ。
くすくすと笑い出した私をみて「くそっ!」と毒づくとぐいと体を引っ張られた。
「笑うなよ。」
そう言うと、そっと顔が近づく。
私は目を閉じながら、あなただって、と思う。
あなただっていまだに季節外れの歌をうたう私を知ればきっと笑うわ。
柔らかなくちびるを感じながら、いつもそうしていたように彼に手を回した。




