エピローグ カザン準男爵夫妻 執務室にて
「どうだい?お祖母様からのお手紙、なんて書いてあった?」
夫がソワソワと聞いてくる。
私は無言で手にしていた手紙を渡した。
「まあ、思った通りの結末かしらね。」
そう言って目の前の紅茶を一口飲んだ。
「ふうん。まあ、そうか。よかったじゃないかバーバラ、君の判断は間違っていなかったんだね。」
「そうねえ。」
確かにそうなのだけれど、因縁を感じるわね。
恋に情熱を燃やしてパタヂャカを出てリラに来たら、娘が失恋でリラを出てパタヂャカに行くのだから。
その後を令嬢たちの憧れの貴公子が追いかけて行くのだから私たちより劇的かもね。
「僕たちも今思えば、よくお祖母様が許してくれたなと思うよね。若かった、じゃすまない。いまよりパタヂャカはもっと閉鎖的だったし。」
思えば思うほど、あの堅物の高位貴族の鏡のような母親が、娘が異国の平民と駆け落ちしようとしているのをよくもまあ。許してくれたのは意外だった。
でも自分も母親になり、気持ちがわかるようになってきた。
どうなっているのか把握できないのが一番怖い。これに尽きる。
駆け落ちされて音信不通になり、困った挙句路頭に迷われるくらいなら、許したほうがいいと判断したのだろう。
まあ、許した後のパタヂャカのいざこざを鬼神のごとく力業ですべて押し込んだ母の姿を見たときは、2度と敵に回したくないって思ったけれど。
結果助けられているのだから、悔しいけれど頭が上がらない。
「キャドウェル様が連日押しかけて来て、パタヂャカ語を教えろ、パタヂャカのコネを使わせろって粘ったときは恐怖を感じたけれどもね。」
「あら、ジャッキーがいないのに結婚の許しを請うてきた時の方が物凄さを感じたわ。」
そもそもジャッキーに許してもらえなかったらどうするのとの問いに許してもらえるまで許しを乞うって返事もなかなかだった。
───ジャッキーに許してもらえるまで謝り続けるし、気が済むまで殴ってくれてもいい。爵位も国も何もかも捨てれば許してもらえるのならすべて捨てる───
つらつらと迷いもなく出てくる言葉は本気を匂わせた。
「ああ……『喋るなと言われたらジャッキーがいいと言うまで喋らないし、死んでも跪けと言うのなら屍になっても跪き続ける』くらいから僕寒気が止まらなくなったよ。その後もずっと言い続けていて、本当に怖かったな。鬼気迫る口上に息子が泣き出さなければ一日中言い続けていただろうね……。」
ブルっと思い出したように体を震わせた夫は両手で腕をさすった。
「あの愛の重さは恐ろしいよ……君が頷いていなけりゃ、断固としてパタヂャカになんか行かせなかった。ジャッキーに受け止められるのかずっと心配だったんだ。けど……手紙によればうまく行っているみたいだし、杞憂だったのかな。」
そうなのよねえ。
あれでジャッキーもなかなか激しい性格をしているというか。
さらっと国を出る事ができるのだからね。
まあ、結構お似合いって事なのかしら。
「将来はリラに帰って来てくれるのかな。」
ポツリと夫がこぼす。
その様子にふふと口元が緩んだ。
「それは私たちが口出しできないわよ。」
「それもそうか。」
そう言いながら夫は私の横に席を移すと私の肩を抱いた。
行かせようが行かせまいが……彼が諦めるなんてあり得ない。
たとえ私達が協力しなくても、どんな手段を使っても他に伝手を探し出していただろう。
それだけの執着が丸見えだった。
「もう死んでも離してなんてもらえないわよ。」
「バーバラ……笑いながら怖い事言わないでくれよ。」
ボソリと呟いた言葉を耳ざとく聞きつけて夫がいう。
私はそう言った夫をじっと見つめた。
キャドウェル様の愛の重さは超ド級よ。
私にはわかるの。
私は夫に笑いかけると絡みつき、ゆっくりと唇を重ねた。




