デパージ子爵令息 ニックの反省
放課後俺は相変わらず図書館の二階に来ていた。
ここに来ればつい書庫の窓を見上げてしまう。
勿論閉ざされたままだ。
キャルはここには来なくなった。
俺もバールも来たり来なかったりになった。
軽く息をついて椅子の背もたれに体を預けた時だった。
ドカドカと足音が響く。
思わず身構えたが、現れたのはキャルだった。
こうして面と向かうのはあの日以来だ。
力強く俺の前まで歩いてくると俺の前のテーブルに両手をついた。
「おいニック。お前はジャッキーが退学したこと知っていたな?どうして退学をした?」
なんだ。とうとう知ったか。
でも経緯までは知らない。
「なんだ。ようやく知ったのか。遅かったじゃないか。」
「そんなことはいい。あの日。最後にジャッキーが学校にいたあの日。どんな話をした?」
「さあ?」
こんな言い方をすれば当然怒り出すと思った。
前のように殺気をビンビンに出して。
俺は悔しかったのかもしれない。
キャルの殺気に気圧されたことを。
だからまた煽るようなことを言う。
さあ来いと構える。
俺だって騎士だ。
誰もいないこの場所で、受けてたとうじゃないか。
だが目の前のキャルはうなだれるように頭を下げた。
「頼む。教えてくれ……」
俺は瞠目した。
「何もわからないんだ。頼む……」
キャルの口から出たのは懇願。想像とは真逆の言葉。
意外と言えばこれ以上意外なことはなかった。
いつものらりくらりと、相手をケムに巻いて、奔放な振る舞いで皆を魅了して。
そんな男が今、目の前で、俺に頭を下げている。
「ぐ……」
なんだ!くそ!
そんな風にされたら言うしかないだろ。
「退学して、国を出たよ。」
ハッと顔をあげた。
「パタヂャカの学校に通うんだってよ。」
「なんで……なんでお前には教えてくれたんだ?だって……俺には……一言も……。」
「俺が告白したからだよ。誠意を持って言葉を尽くしたら、彼女も誠意で返してくれた。」
今度はキャルが瞠目する。
どうやら俺が告白したのは意外だったらしい。
「知ってただろ。俺が好きだったことくらいさ……」
俺は大きくため息をついた。
「お前、どこまで把握している?彼女が放課後そこにいた事は知ってるか?」
すぐそばの書庫の壁をクイと指し示す。
キャルはますます目を丸くした。
「お前、知ってたのか……」
「ジャッキーはすべて聞いていた。すべてだ。」
顔を固くして立ち尽くすキャルに言葉を重ねる。
罰ゲームの告白ごっこ
断れない準男爵家の商売事情
下位貴族の令嬢たちに広まった噂。
「最後の日、ジャッキーは下位貴族の令嬢たちに、家の利のために身の程知らずにもキャルに近づく娼婦のような女って言われていたよ。もう少しで暴力を振るわれるところだった。お前が中途半端なことをしていたからだ。実際は難しくても婚約の話を進めているって堂々と言えてたら少なくとも下位貴族には牽制になっていたはずだ。そう思わないか?」
キャルの顔色はどんどん失われていく。
それでも俺は続ける。
「お前、長期休暇明け、放課後の図書館で何の話をしたか覚えているか?」
返事を待たずに俺は続ける。
「ジャッキーとの情事を面白おかしく話してくれていたぜ。覚えてないだろ?調子よく喋ってたもんな。俺らの馬鹿話なんてそんなもんだ……でも彼女は違う……」
俺は思わず唇をかんだ。
俺は彼女が聞いているのを知っていて、キャルを誘導していたのにな。
キャルに愛想を尽かしたら次は俺だ、なんてさ。
そんな簡単じゃないのにな。
人の気持ちをモノのように扱っていた。
パズルのように思っていたんだ。
彼女はきっと、始まりは嘘だってわかっていても、好きになったんだ。キャルのこと。
美しいジャッキーが好きでもない相手と、家の事情だけでお付き合いを続けるわけがないんだ。
だから……あの日は辛かっただろう。
今更だけど……
「お前はジャッキーが聞いてるとも知らないで、彼女がお前にすべてを捧げた話をあけすけに俺らにしてくれたよ。でもよ……その時その時間は二人だけの特別な時間だったはずだろ。他人がそれを知っていることはおかしいんだよ。だけどお前は、これでもう貴族には嫁げないぞとせせら笑っていた。俺らを牽制したかったんだろ、わかってるよ。でもジャッキーは傷ついたと思うぞ……」
誰が何を偉そうに。
自分に思う。
俺だって令嬢との際どい話なんてここで散々していたじゃないか。
茶化して、面白おかしく。
誰も聞いてないからといい気になって。
結局俺だって本当に好きな子ができて、その子を傷つけて、初めて気付いたんだ。
俺はお前と一緒だ……
「ジャッキーはもう国を出ている。今更何をしようと無駄だよ。」
キャルはすっかり言葉をなくしていた。
何も言わずにくるりと背を向けると去って行った。
自分を見るようにキャルの背中を見ながら、胸を抑えた。
告白ごっこか……
気楽に告白できる便利なゲーム。
でも好きな子にこれをやるのは注意が必要。
バレたら終わりの最低、脆い、危険な遊び。
結局ちゃんと勇気を出せばよかったと後悔するだけ。




