閑話 サナリス伯爵家当主とセバス
「キャルは別邸に行ったままか。セバス。報告しろ。」
執務室の机の前に座り手を組むとそこに軽く顎を乗せる。
目の前には老齢の執事服をきた男。
老齢と言っても鍛えたげられた体に凄みのある顔。
さすが国の軍神に仕えていた男と言える。
「いつもと変わらぬ様子で、毎日学園へ通っていらっしゃいます。」
「ふふん。屋敷にいる間は何をしておるのだ?部屋に閉じこもってうじうじしているのではあるまいか。」
「いえ。図書館で本を読んだり、庭でリスにエサをやってみたりと過ごされています。」
リス!
エサ!
腹の底からの笑い声をあげれば部屋中に響く。
「リスと戯れておるとはな!!華の貴公子キャドウェル様は随分とお可愛らしい事だ!!」
セバスがじっとりとこちらを見ている。
「教えては差し上げないのですか」
「なぜ教えねばなるまい?」
「意地のお悪い……」
「ハッ!この程度でか?」
鼻で笑い飛ばせば目の前のセバスは眉をひそめた。
だがこちらも目を眇めてやる。
「どうやら別邸の者共はキャルを甘やかしすぎる傾向があるぞ。」
言いながら背もたれに体を預け、お前らのことだと指をゆらした。
「さあて。このままじゃいつまでも知らぬままだが、それもまたひとつだ。」
おとがいを撫でる。
「当主様は随分楽しそうでございますね。」
「ハッハ!それはそうだろう。気障な振る舞いで令嬢を渡り歩いておった男が、自分の知らぬ間に愛しい小鳥が手の届かぬ所に行ってしまったと気付いたら、その時はどうなるのであろうな。」
腕を組むとふんと笑う。
「男ならそのような経験も糧だ。だろう?もう少しすれば三男のルイが隣国から帰ってくる。婚約者の目処は立った。次はキャルだ。アイツは四男でありながらじいさんから丘の上の屋敷も爵位も領地も引き継ぐのだ。令嬢はよりどりみどりだぞ。」
セバスは無表情ながら圧を強くした。
「亡くなった我が主からはぼっちゃまは自由にさせろと言われていると思うのですが。」
「散々自由にさせたではないか。準男爵令嬢ごときを連日別邸に連れ込んでも何も言うてはおらぬぞ。結婚にしてもするなとは言うてはおらぬ。我が家の利はどこにあるかと聞いただけだ。」
「それが意地がお悪いというのです。ぼっちゃまは利など。」
「貴族だというのに奸計の一つもできぬなど。もう少し腹を黒くせねばなるまい。」
「腹芸をしないまっすぐなところが、我が主のぼっちゃまを気に入っていた所です。」
「なるほど!どうりで儂はじいさんに気に入られぬわけだ!」
「ひねくれ上がってございますからね。」
「……儂にそんなこと言える使用人はお前くらいだぞ。」
「申し訳ございません。」
さらりと謝罪する。
別邸の奴らは揃いも揃って肚がすわっている。
あの国の軍神に心酔し仕えていた奴らだ。当たり前とも言えようか。
キャルにも先日準男爵令嬢との結婚の許しをもらいにやってきた時は思い切り圧をかけてやったがケロッとしておったな。
まあ勢いで来ただけの奴など口先で追い返してやったがな。
「奸計ができぬのなら得意なやつにやらせればよい。そうだろう?」
背もたれから体を戻すと正面に立つセバスを見据えた。
「なあセバスよ。今のこの国の若者でだ。本気で物事に取り組める奴がどの位いると思うか。お前の時代のように戦乱の世でもないこの国で形振り構わずだ。」
唐突な質問の意図がわからぬとでもいうように一瞬黙ったが、当主からの問いだ。考え答える。
「恐らくは、そんな機会自体がないのではないでしょうか。」
「そうだ。この平和な時代に死に物狂いで腹を決める出来事なんてそうそう起きるものではない。戦乱の世は終わった。儂のじいさんが終わらせたのだ。」
だろう?と目だけで訴える。
「だがな。どんな時代であろうとも本気で何かを成そうと思えば、今まで通りでは上手くいかないと思い知る事になるのだ。お前ならわかるだろう?」
セバスは目を伏せた。
「キャルは今までのらりくらりと適当に令嬢と遊んでいたツケを払う時が来たのだ。セバス。手を出すのではないぞ。それこそ自由にさせておけばよい。」
セバスは引き締めるように丁寧なお辞儀を返した。
フン
ツケを払うもよし、払わぬもよし。
逃げた小鳥を諦められなければ、現実に打ちのめされるだけだ。
さあ、これからどうする。
この辺で諦めるか?
それとも……




