キャルは荒ぶる
怒りのままに教室を飛び出した。
ズンズンとただ闇雲に歩く。
鐘がなった。
でも教室に戻る気がまったく起きない。
あ───クソ!!
どうしてこんなに何もかもうまくいかない?
俺の知らないところで、俺の気に入らないことばかり起きている気がしてならない。
昨日だってそうだ。
俺は焦りと後悔が募り募って、勢いのまま父上にジャッキーとの婚約を申し出ていた。
「準男爵と結婚する我が家の利は?」
「準男爵の純潔にどれほどの価値があるというのだ?」
「お前が婚約者がいないのは三男が留学でいないからだ。あいつが隣国の学園卒業とともにリラ国に帰ってきたら婚約の話を進める。その次はお前だ。」
「お前なら我が家の利になる令嬢が選びたい放題だというのに、何故わざわざ準男爵の女を選ばねばなるまい?」
「貴族でもない上に出所のわからぬ異国の血が混じる女の話など持って来るな。」
畳み掛けられる言葉はすべて辛辣なものだった。
勢いだけの俺は何も言い返せなかった。
「そもそも向こうはお前と結婚したいと言っておるのか?」
もう黙るしかなかった。
いつの間にか足は図書館に向いていた。
ここにはすっかり来なくなっていた。
ジャッキーがいないのに来ても仕方ない。
放課後も適当な理由をつけて足が遠のいていた。
ゲームなんて気分になれなかった。
はあ
ようやく沸騰した頭が冷えてくる。
図書館の二階でサボろうか……そんな気持ちでゆっくり歩を進め、そして硬直したように立ち止まった。
図書館の前にひとり立つ黒髪の後ろ姿がある。
名前を呼んだ。
夢じゃないと確認するように、はっきりと。
会いたいと切実に願い、ようやく話しができる。
喜びでどうにかなりそうだった。
彼女はゆっくり振り返った。
黒い瞳が俺を捉える。
何の熱もこもらない冷えた眼差しで。
背筋が凍る。
ジャッキーに会いさえすれば、不安で覚束ない気持ちなど綺麗になくなると思っていたのに。
笑った顔を俺に向けてくれるだけで、それだけで俺は全部どうでもいいというのに。
体温がどんどん下がる。
ずっと会いたかったのに君はそうじゃないとでもいうのか。
君のために父上にも話をつけにも行ったというのに。
彼女の態度は理不尽に思えた。
ふつふつと湧いてくるのはどういう感情なのか。
自分でもわからない。
口をついて出た言葉は責めるような言葉だった。
「どうしてこんなところにいるんだ?なぜ学校にいるのに教室には来ない?まるで……」
避けるように、と続けそうになり飲み込んだ。
口から飛び出す俺の声は愛しい人に向ける声じゃない。
きっと顔つきもそうだ。
それはわかっているのに止められない。
「何度も手紙を出したが?」
「体調が悪かったので。」
なんだよ。その喋り方。
ようやく聞けたジャッキーの声はかたく、随分他人行儀な話し方に思わずカッとなりそうだった。
するとジャッキーの氷のような表情が崩れた。
逡巡の表情を浮かべている。
それは一瞬俺をホッとさせた。
だが思い切ったように聞いてきた言葉にやはり俺は眦をあげることになる。
「ニック様から何か聞いて……」
ニック
さっきの話は嘘じゃなかった事を知る。
俺は髪を逆立てた。
「ああ聞いたとも。愛称で呼び合う仲になったんだって?随分気が多い事だ!」
ジャッキーはまた無表情にこちらを見つめたが、すぐ「そうね」と返事した。
なんなんだ。
なんなんだよ。
イライラが募る。
俺がこんなに怒りをあらわにしてもジャッキーはやはり素知らぬ顔だ。
「なぜ教室に来なかった?」
「もう帰るから。」
帰る?
それで少し頭が冷静になる。
「まだ体の調子が……」
「いいえ。違うわ。心配をかけたみたいでごめんなさい。」
俺の言葉は途中で遮られた。
だから、何なんだよ。その話し方は。
結局冷静なままではいられない。
「そうか。ニックとは話す時間があったと言うのに、俺とはないと言うのか。」
答えない。
「恋人以外の男と愛称呼びを許し合うほどの話をする暇があるというのにか?」
声がどんどん荒ぶっていくのがわかる。
止めたい。
止められない。
ジャッキーはただただ冷めた顔をこちらに向けていた。
「もう帰る?俺とは話す時間は微塵もないと?会えない間俺がどれだけッ……」
ハッと女々しいことを言いそうになった自分に気付き言葉を切った。
「……恋人に対してあまりにも敬意がないじゃないか。」
暴力的な気持ちを抑え込み絞り出すように言った。
そこでようやくジャッキーが感情を見せた。
口の端をツ、とあげて笑みを見せる。
「ごっこなのに?」
俺は凍りつく。
なぜ知ってる?
誰から聞いた?ニックが言った?それともバールか?
「誰かから聞いたわけではないわ。ニック様でも、誰でもないわ。」
そんなこと重要じゃない。
俺の心の中を見越したようにジャッキーは言う。
どういう経緯であろうと彼女は知っているということだ。
ジャッキーは薄く笑みを浮かべたまま。
俺の顔から表情が消えて行くのがわかる。
渇望の末やっと見ることができた笑顔はひどく冷たいものだった。
結局会えなくて死にそうなくらい心を乱していたのは俺だけだ。
また俺だけ
いつの間にか俺もぎゅっと口の両端を釣り上げ笑っていた。
「なぁんだ。知っちゃったんだ。」
顔とは裏腹に心の湧き上がってきたのはひどく暴力的な感情だった。




