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真面目令嬢と告白ごっこ  作者: くきの助


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デパージ子爵令息 ニコライの後悔

噂というのは恐ろしい。

知っていたはずなのに馬鹿をした。


うまくキャルを出し抜いたと思っていたが、思いとは反対にジャクリーン嬢は学校に来なくなっていた。



キャルに聞いてみるも、体調不良としか知らないようだった。


てっきり愛想を尽かして、キャルのことを振ってくれると思っていたのに。

ジャクリーン嬢がいなければ話が進まない。



浮かれていた俺は気付いていなかった。

下位貴族の令嬢達の雰囲気が少し違うことに。



「キャドウェル様はお気の毒なことですわ。ニコライ様は何か相談を受けていたりはいたしませんの?」


「最近キャドウェル様が誰ともランチをされていないのは、事情があったのですね……。」


気の毒そうに話す令嬢達に俺は青ざめた。



──カザン準男爵令嬢が家の事業のために相談を装ってしつこくキャルに近付き、優しいキャルは断れきれず仕方なく別邸に招いている。



いつの間にか噂はそんな話に変わっていた。



当たり前だ。

学園内で俺たちの悪い噂が出回るわけがないんだ。


そもそも準男爵令嬢ごときに出し抜かれたなど貴族令嬢達の矜持が許すわけがなかったんだ。


俺の計算はすっかり狂い始めていた。





そうしてジャクリーン嬢が休み始めて2週間は経とうという時だった。

俺は休暇中には終わらなかったルーカス先生の課題をようやく終え、朝から教員棟に提出に行ったときだった。


棟の窓から見えたのは、黒髪の令嬢。


ジャクリーン嬢?!


しかし一人ではなかった。

数人の下位貴族の令嬢達と一緒にいた。


そのうちの一人はあの時パーティーで話しかけられて、噂を流してもらおうと画策した令嬢だった。


まずい。

これはまずい。


準男爵令嬢でありながら高貴な振る舞いを身につけているジャクリーン嬢。

夫人がパタヂャカの高位貴族ではないかと皆勘ぐっているが不明だ。

だがその事が彼女を他の準男爵令嬢と同じように扱うことを、皆に躊躇させていた。


だから大丈夫だとどこか気楽に考えていたがまさか……


俺は慌てて教員棟を飛び出した。







彼女達に近付くと聞こえるのは罵倒。


「家の利のために高位貴族を利用するなんて!」

「娼婦のような女ね!」

「平民風情が!」

「身の程をわきまえなさい!!」


いうやいなや一人の令嬢が大きく手を振りかぶっていた。




パシッ




軽い音が響いた。



間に合った……



俺はなんとか令嬢が振り下ろす前に手を掴めていた。


「ニコライ様!」


令嬢達が声を揃えた。


内心冷や汗をかいていたが、平然と言い放つ。

とにかく、刺激をしないように……


「一体どうしたと言うんだ?怖い顔をして。可愛い顔が台無しじゃないか。」


「で……ですが……!」


俺に手を掴まれた令嬢がもじもじとしだした。

その様子にホッとする。

そっと手を離した。


「もしやこの間のパーティーで言ってた件かな?」


「は……はい……」


「なるほど。なら俺が預かる。君たちの可愛い口を汚すことない。だろ?」


「はい……!」


令嬢達は俺が代わりに文句を言ってくれると思ったのだろう。

パッと顔を輝かせて先ほどとは別人のように微笑むと、揃って去って行った。


ジャクリーン嬢の方を見る。


一難去ってまた一難。

そんな顔をしてこちらを見ていた。


俺の心臓が口から出そうなくらい跳ねた。


初めて目が合ったんだから仕方ねえだろ……


誰に言い訳をしているのだか。

その位には動揺している。


「あの……」


ジャクリーン嬢が口を開く。


息を呑んだ。

澄んだ湖のように落ち着いた声。


「お手をわずらわせてしまい申し訳ございません。」


「いや……たまたま通りかかったから……別に……」


本当は全力で教員棟から走ってきたけど、正直に言わなくたって別にいいだろ。


「では……」


ぺこりと美しく頭を下げた。



ジャクリーン嬢は他の令嬢のように俺と話すためにねばったりはしない。

あっさり去ろうとしてしまう。



待ってくれ……


咄嗟に俺は口を開いた。


「ずっと図書館の二階で俺たちの話を聞いてたよな?」


すると目の前の彼女はサーと青褪めたのがわかる。

俺は慌てた。


「違う!責めたいんじゃないんだ!ただ……」


思わず言ってしまったものの……俺は考えを巡らせた。


どこから聞いてたとか、そんな事問題じゃねぇよな。

ここは潔く全部、謝るべきだ。


「その……済まなかった。告白ごっことか、最低だよな。悪かった。でも……もう信じてもらえないかもしれんが本当は……その……そんな卑怯な手を使ってでも……俺……君と話してみたかったんだ。」


ネチネチ歯切れの悪い俺の言葉。


目の前のジャクリーン嬢はひどく驚いた顔をしてる。


ズキリと胸が痛んだ。


そりゃそうだよな。

信用なんかゼロだ。

こんな言葉信じてもらえる訳がない……


喉が詰まる。


いつの間にか視線は下に下にさがっていく。


それでも絞り出した。


「本当はずっと気になってた。君のことが好きなんだ。」


俺が黙ると、辺りはシンとした。


沈黙が辛い。


でも当然の態度だ。

誰も責められない。

この間まで散々茶化していた男が今更………


「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいです。ですが……」


ばっと顔を上げた。


「信じてくれんのか?!」


「嘘でしたか?」

「そんな訳!!」


ツバを飛ばす勢いで言うと、ジャクリーン嬢はくすっと笑った。


息を呑む。


今わら…………った………


いつも静かな佇まいの彼女が……


は……


笑顔を見ているというのに息が苦しくなった。

「ですが」に続く言葉は……言わずもがなだ。


「………友達にはなれないか?」


ジャクリーン嬢は少し首を傾げた。


「友達ですか?」


ダメか……?


そこで鐘がなった。

始業前の予鈴の鐘だ。


我に返る。


「ああ、悪い。とりあえず、教室に行かないとな。」


「いえ……私は……」


「行かないのか?」


「ええ……ええっと。」


そこでハッとする。


「まだ体調が思わしくないのか?」


「いいえ、そうではなく……」


言えないと言うよりは何と言おうかと考えている様子。

俺が黙っていると少し迷ったように話し出した。


「口外しないで頂きたいのですが……」





そこでジャクリーン嬢が話し出した内容に俺は言葉を失った。


「キャルは知っているのか?」

「誰も知りません。教師以外は。」

「そう……」


誰も知らない秘密。

それを共有していることに胸が高鳴った。


そこで本鈴が鳴り響いた。


「もう遅刻ですね。デパージ子爵令息、急いでください。」


ふふっと笑った。


「ここで笑うか。」


俺も笑った。

意外と意地が悪いのか?


俺の知らないジャクリーン嬢。

もっとたくさんあったんだろうな。


ああ、もっと早く話しかけていればよかったな。


話してみれば柔らかな雰囲気でよく笑うご令嬢だったのに。


あーあ。


こんなことなら皆が二の足を踏んでいる間に告白すればよかった。

何を躊躇していたのか。



「ジャクリーン嬢。俺を友人第一号にしてはくれないか?」


彼女はコロコロと笑い出した。


「どうして友人がいないって決めつけるんですか。」


「いないだろう?」


知ってるんだ。


ずっと見てたから。


「ええ。」


くすくす笑いながら肯定した。

ほらな。大正解。


「友人として最初で最後のお願いだ。俺に愛称で呼び合う権利をくれないか?」


「私はもう……」


「ああ、だから……最初で最後だ。」


俺は手を差し出した。


「元気で。ジャッキー。」


彼女もそっと手を出してくれる。


「ニック様も。」


握り合う手と手。

温もりが伝わってくる。


目と目が合う。

微笑む彼女。


綺麗だな。


綺麗だ。


本当に綺麗だな。


顔だけじゃない。

澄んだ瞳は心も綺麗なことを示している。


こんな綺麗な子に、卑怯な手ばかり使ってたんだな。

騎士のくせにな。


彼女の小さい白い手が離される。


微笑みながら頭を下げると立ち去ってしまった。


さっきまで確かに彼女がいた場所を見つめる。

もうとっくに去ったというのに縫い付けられたように動けないまま。



気が済むまで立ち尽くすと、体の底からよくわからん感情がせり上がってきた。



「あ────振られた。」


俺は振られたんか。

振られたんだな。


はじめての失恋は悔いばかりが残る。


最後に彼女はその目に俺をうつし、声を聞かせてくれた。

俺だけに向けた目を、声を。


俺にジャッキーと呼ばせてくれた。

ニックと呼んでくれた。

白く柔らかい手に触れて。

誰も知らない秘密を共有させてくれた。


それがどれだけ残酷なことか、気付きもせずに。


最初からちゃんと告白すればよかった。

何度だって思う。


自分から怯んで逃げたくせにキャルを羨ましがって、失敗を望んで、なんて俺は格好の悪い男だろう。


最後の足掻きで潔い男を演じ切れたことがせめてもの慰めか。


フンと鼻を鳴らした。


慰めなんかにならねえだろ


失恋して今なお後悔が募る。

これなら最後の足掻きでみっともなく縋りついた方がまだ気が済んだかもしれん。


全部今更か。


たった今すべて終わってしまった。


これで満足だなんてとてもじゃないけど言えないが。


それでも終わってしまった。


後悔だけを残して。


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