カザン準男爵夫人 バーバラが思うには
いつもより遅い帰り。
すると見慣れない馬車がうちの前に止まる。
図書の先生の馬車でジャッキーが帰って来たと知ったときには肝を冷やした。
ジャッキーの顔色は悪く、その夜はひどい熱が出た。
先生の話によれば、閉館の時間になっても書庫の鍵が返っていないため、書庫に様子を見に行けば、ジャッキーが椅子に座って丸まっていたそうだ。
立つことは出来るものの危なっかしいと送ってくれたらしかった。
次の日は学園をお休みすれば丸一日眠っていた。
医者によれば疲れが出たのだろうという事だった。
確かに長期休暇の最後の方は連日遅くまで課題をやっていた。
サナリス伯爵令息キャドウェル様からお見舞いの手紙が届く。
ジャッキーは眠っているので夫に返事を書いてもらった。
彼と何かあったわけじゃないのかしら。
手紙はいたって普通だった。
1日眠った後は随分と顔色も良くなっていた。
起きて食事も取れるようになったので、ベッドに食事を持って行く。
「お医者様は大事とって明日も学園は休みましょうと言っていたわ。でもそうしたらその次の日は週末だから、結局しっかり休養を取ることになるわね。」
私は見逃さなかった。
週末という言葉にピクリと眉を動かしたことを。
(約束でもしていたのかしら)
ジャッキーは何も言わずにまた横になった。
私も何も言わず部屋を出た。
ジャッキーが青ざめて帰って来てから4日目の朝。
今日は週末。学校はお休みだ。
昨日はもう元気そうにご飯も食べていたけれど、部屋に閉じこもりがちだった。
様子を見がてら食事を持って行くと、カウチに座ってぼんやりしていたり、ベッドに横になっていたり。
手には一応といった感じに本が握られているけれど読んでいないのは明白だ。
それがジャッキーらしくない様子を際立たせていた。
「バーバラ、今日もキャドウェル様から手紙が来ているんだけど、ジャッキーはまだ返事を返せないのかい?今日は見舞いに来たいって。」
私はため息を吐いた。
恐らくは、断りのお手紙を書くことになるだろう。
けれども勝手に書く訳にはいかない。
ジャッキーの部屋に向かった。
「お断りするわ。まだ本調子じゃないもの。」
手紙の事を伝えに行けば、案の定の返事が返ってきた。
ジャッキーはカウチに座っていて前に立つ私の方を見もせずに手にある本を弄んでいる。
「そう……あなたが返事を書くかしら?」
「お父様にお願い。」
間髪入れずにジャッキーが言う。
思わず苦笑いした。
それってキャドウェル様と何かありましたと自白しているようなものよ。
私はジャッキーの隣に座った。
「いいの?毎日お手紙が届いていたわ。」
「いいの。」
「どうして?少し気の毒だわ。」
「気の毒?」
私の探るような質問にジャッキーはわずかに眉根を寄せた。
「ええ。随分と心配されていたわ。普通は恋人が何日も休めば……」
「言ったでしょう。ごっこだって。」
ようやくこちらを見たと思ったら途中で言葉を遮られた。
ジャッキーには珍しく言葉が揺れる。
「でも好きだったのではないの?」
グッと言葉が詰まったように黙り込んだ。
そしてきっとキャドウェル様もあなたのことを。
始まりこそふざけていたけれど、少しずつ少しずつ彼を知って好きになった。
そう思っていた。
「私は別に、貴族になんて、嫁入りする気ないもの。」
顔を私から前に戻すと、答えになってるのだか、なっていないのだか、よくわからない返事だった。
「確かに結婚するには身分差が否めないわね。」
準男爵という身分が彼との結婚を阻むなら、ジャッキーさえ望めばパタヂャカの実家の侯爵家から嫁に行けばいいと思っていた。
相談されればいつだって事を運ぶ準備は出来ていたのだけれど……
私の返事に何を思うのか。
じっと私を見つめて、そして結局ジャッキーは何も言わなかった。
何を話していいのかわからない。
そんな感じ。
だったら話したくなったら聞くだけだ。
ジャッキーなら上手く自分の気持ちを整理するだろう。
私はゆっくり立ち上がった。
「ではお父様にお返事を書いてもらうわね。」
そう言い残し部屋を出ようとした。
こちらから何も言う気はない。
手を出す気もない。
どこか他人に興味がないジャッキー。
リラ国には友達もいない。
そんな彼女がキャドウェル様と逃げられない問題に直面している。
悩めばいいわ。
その上で何か相談されれば親の私は応えるだけ。
「お母様。」
「ん?」
引き留められた。
「お母様にお願いがあるの。」
この短い間に何を思ったのか。
振り返った見たジャッキーの顔はさっきまでの揺らいだ顔ではない。
まっすぐ私を見据えていた。
週があけても彼女は学校を休む。
キャドウェル様からの手紙は毎日届く。
返事は夫が書く。
また学園に行くその日までついぞジャッキーがペンを執る事はなかった。




