キャルの放課後
久しぶりの放課後の図書館。
俺とジャッキーがもう別れたに違いないと思っているあいつらに、そんな訳はないとわかってもらわねば。
ただ父上にも話せていない上に、ジャッキーにはまだプロポーズできていない。
婚約しようと思っている事は……まだちょっと言えない。
ここで言えたらどんなに良かったか。
ちょっとした見栄が邪魔をした。
「ここで集まってカードをするのも、久しぶりだね。何か賭けるかい?長期休暇前の課題はキャルが結局引き取っていったから、借りもあるしね。」
バールがカードを配りながら言った。
「ルーカス先生の課題は自分でやらなきゃどうともならんしな。別に構わん。」
「キャルよ、お前は寛大だなぁ。」
「ルーカス先生にはすぐ他人がやったとわかる、どうせ。」
「それもそうだ。」
3人で笑う。
相変わらずだ。
おもむろにニックが切り出した。
「ところでキャルよ。長期休暇はどうだったんだ?勉強会していたんだろ?カザン準男爵令嬢と。」
来た。
「まあな。真面目なジャッキーとやると捗ったよ。高位貴族のクラスに編入するだけあって優秀だった。」
「真面目な彼女が屋敷にだなんて、よく誘いに乗ってくれたものだね。」
「図書館を随分喜んでくれたよ。丘の上のサナリスの図書館の立派さはなかなかだからね。」
「図書館で釣ったのかよ。」
ニックが笑う。
俺も笑った。
そこは否定できない。
パタヂャカの本がなければ彼女はきっと来てはくれなかっただろう。
「なあに、それだけじゃない。課題も手伝って感謝されたよ。彼女はルーカス先生の課題は初めてだったからね。」
「へーえ?でも本当に課題だけやってたわけじゃあるまい?」
ニヤニヤしながら探るようにニックが聞いてくる。
「ニック。丘の上のサナリス伯爵邸には厳しーい執事がいる事を忘れているのかい。だろう?キャル。」
たしなめるようにバールが言う。
「その目を盗むのが醍醐味ってもんだろ?」
「それでこそキャルだ!」
俺が軽口を叩くとニックが大喜びした。
ここはいつもの調子を崩さずに、尚且つきっちり2人を牽制したいところだ。
「カザン準男爵令嬢は図書館の様な場所で不埒な事を本当に許してくれたのかい?無理強いはいけないよ。」
「無理強いなんてするものか。もちろん令嬢らしくダメだと口では言うけれど、それは淑女の嗜みだろう?当然俺の望むだけ口付けを許してくれた。」
「本当かよ?」
信じていないのか、からかい口調でニックが言う。
確かに俺の望むだけという訳にはいかなかったが。
本当にダメだった時も多々あったが。
でも休憩中なら許してくれたから嘘じゃない。
「想像つかないなあ。」
バールは少し硬い表情で言った。
俺が振られたら次はあわよくばと考えているのはわかっていたが、思ったより真剣な顔だった。
これは本気で隙を狙っている。
いいや、隙なんかないぞ。
「嘘なんてついてどうするんだよ。」
笑い声をあげて続けた。
「ジャッキーは抱き寄せると使用人の目を気にするのも可愛らしいし、顔を近付けると応えるようにそっと目を閉じるのもいじらしい。学園での無愛想を思い浮かべれば感動もひとしおだ。」
これは俺が彼女の好きなところの一つ。
こちらはずっと目を見開いているのも知らないで、無防備に目を閉じてしまうジャッキーは本当に可愛い。
俺しか知らない顔。優越感が胸をくすぐる。
思わず本気の恋人自慢をしてしまった。
「すかさず学園のカザン準男爵令嬢を思い比べるところがキャルだな。」
ニックが軽い感じで返事をするも、俺の本気の言い様に少し言葉に詰まったのは見逃さない。
「デートでも口付けはしたと言っていたね。意外だったけれど真面目な彼女でも準男爵令嬢だ。口付け位はそんなに重要ではないのかもしれないね。」
気を取り直したようにバールがそう言うと「確かに」とニックも同意する。
折れない
全然
いつもの調子を崩さず話していると何だか全く牽制になっていない様な気になる。
ペラペラと茶化す様な言葉ばかりしか口から出てこない。
2人が折れないのも当然の気がしてきたぞ。
俺って……軽薄だったんだな……
今更思い知って愕然とした。
「有能執事はどうしたんだよ。俺も丘の上のサナリス邸にはお邪魔した事あるがまったく隙のない執事だったぞ。あの迫力のある執事がいつまでも放ってくれたのか?」
セバスが見逃してくれる様になったのは、俺が本気だとわかったからだ。
「咳払いに邪魔されることはあったぞ。」
2人は笑い声をあげた。
「それをもかいくぐったのか?さっすが色男!」
ニックが茶化す。
「隠れて口付けを交わすのが背徳感で1番そそる。そうだろ?執事の目から逃げ回ったその甲斐あって最後の一線も越えられたぞ。」
2人はサッと顔色を変えた。
つい言ってしまったな。
まあいいか。
口元がニヤける。
どうしても2人が引かなければ言おうとは思っていたがついニックの合いの手に乗せられた。
とはいえ本当は言いたくて言いたくてたまらなかったんだよなぁ、俺。
だからポロリと口からこぼれたのは仕方ない。
2人の顔色が変わった事に安堵する。
「ジャッキーはどこもかしこも白く美しかったよ。白い肌はすぐに赤く染まって、何度も俺の名前を呼ぶジャッキーは色っぽかった。」
言ってしまったと思う気持ちもあるものの、自慢したくてたまらなかったのも事実だった。
2人が口を挟まないことをいいことにペラペラと惚気は止まらない。
「恥ずかしそうに身をよじって逃げるジャッキーの身体を何度も俺に引き戻した。彼女の初心な様子には存分にそそられたよ。」
「まさかキャルが一線を超えるとは思わなかったな。驚いたよ。」
気を取り直したバールが言うが、声が低い。
あともう一押しか。
「準男爵令嬢だもんな。そこまで驚くことじゃないか。」
さらっと言ったのはニック。
「確かに準男爵令嬢だから純潔じゃなくなった事なんて、大したことではないかもしれないが、貴族にとっては大問題だ。もう貴族には嫁ぐことは出来ないよ。まあ、準男爵令嬢の時点で高位貴族との結婚なんて元々あり得ないか。」
そう。俺以外の貴族に嫁ぐことなんてできないよ。
「純潔の証なんていくらでも誤魔化せるけどな。」
俺の流れるような演説にニックから水を差されてぎくりとする。
それを言われてしまえば元も子もない。
「準男爵令嬢相手にそこまでするか?」
「確かに高位の貴族に嫁ぐなら誤魔化しは効かないだろうね。」
バールがため息混じりにいった。
よし。
あとは誤魔化しの効く下位貴族のニックだ。
「お前らにも見せてやりたかったよ。俺に縋り付いて目に涙を滲ませながら純潔を散らした真面目令嬢の顔を。」
俺の生々しい言いように、ようやくニックが唇を噛んで悔しそうに目を伏せた。
ようやく諦めてくれた。そう思った。
2人を牽制した上で、のろけも披露して、俺は上機嫌だった。
明日になればまた教室でこっそりふたり目を合わせ、ランチは図書館の中庭で秘密の逢瀬。
週末になれば長期休暇の時のように過ごせる。
今日と変わらない明日が来る事を信じて疑わず、そんな事を思っていた。




