キャルは森の中
では明日に
ジャッキーを馬車で送って去り際に何食わぬ顔でこう言った。
賭けのようなものだったが、心のどこかで首を縦にしてもらえる確信があった。
ジャッキーは言葉に詰まったようにこちらを見たが、こっくりと頷いた。
馬車の中だというのに飛び上がって喜びそうになった。
それが昨日のこと。
何度も何度も昨日を反芻しながら馬車が彼女を連れてくるのを待つ。
馬車が到着するといつものようにエスコートし、図書館に行き、大テーブルに並んで座り、課題を広げる。
昨日も今日も会えていることが夢のようで、体が宙に浮いて困る。
近くにいると触れたくなってしまうが、勉強の邪魔をすれば流石に怒らせるだろうから我慢する。
長い時間集中していただろうか。
ジャッキーが煮詰まったように立ち上がって螺旋階段に向かった。
いつも通り気分転換に外国の書籍が置いてある本棚に向かっている。
そして俺もいつものように窓際のカウチに移動する。
カウチから2階を眺めて本を選ぶジャッキーの後ろ姿を眺める。
いつも通り
しばらく見つめていると、その後ろ姿がくるりと振り返る。
目が合った。
飛び上がりそうなくらい驚いたが、精一杯隠して反射的に手をひらりと振った。
彼女は目を丸くすると何やらつぶやいてまた背を向けた。
まさか振り返るとは
くすぐったい気持ちと気まずさに持っていた本を開いた。
しばらくすると気配がした。
本から顔を上げると本を持ったジャッキーが前に立っていた。
予想外のことに言葉が出ない。
「2度も折よく現れたのが本当に不思議だったけれど……ここから丸見えだったのね。」
俺と同じ景色を見ようとさっきまで彼女が居た2階を振り返るように見上げて言った。
踏み台を使った時の事を言っているんだろう。
ジャッキーはこちらに顔を戻すと少しはにかんで、肩をすくめて踵を返した。
あ、行ってしまう
咄嗟に腰を浮かせて彼女の手を掴む。
ジャッキーが短く悲鳴を上げた。
俺の手で踊らされるようにスカートをひらりとさせたジャッキーは、またたく間にポンと俺の足の間に座らされた。
俺を見上げて目をまん丸にしたと思ったら、すぐにその目を勢いよく室内に走らせる。
使用人に目を止めると、慌てたように腰に回した俺の手を解こうとした。
「大丈夫。」
ジャッキーにはわからないかもしれないが、今日立っている使用人は古参の侍女だ。
もう若い使用人が立つ事はないだろう。
狼狽えた様子のジャッキーだったが、俺が離す気がないのがわかると肩の力を抜いて口を開いた。
「本を読んでいたんじゃないの?」
「息抜きに君を見ていた。」
嘯く。
「もう……」
ため息混じりに言うものの、すぐ「ふふ」と笑い声をもらした。
フワリと彼女の髪が顔をくすぐる。
俺の胸にジャッキーがもたれかかった。
え……?
わ……
わ……
ジャッキーが……
俺の胸に身体を預けて……
胸が震えるくらい感動してしまい、衝動的に彼女の首に顔を埋めた。
髪から、首筋から、昨日と同じ彼女の匂いがする。
俺は呻いた。
肌を合わせたことは夢じゃなかったと実感する。
スゥ────────
胸いっぱいにジャッキーの匂いを吸い込む。
「そんなに匂い、する?」
彼女のおずおずとした声に顔を上げた。
見ればジャッキーは腕を上げて自分を匂っていた。
まさか臭いと思ってる?
「君は紅茶みたいな匂いがする。」
「紅茶?毎朝のんでいるからかしら……。私は香水をつけていないし。」
そう言うとジャッキーは猫のように伸び上がって俺の首筋に顔を近づける。
不意打ちに俺は思わずのけぞった。
みるみる間に顔に熱が集まる。
「あなたは森の中みたいな香りがするわ。」
顔を赤らめている事に気付かれる前にぎゅ、と抱きしめる。
ジャッキーが小さく息をもらした。
俺の香水をジャッキーが気にしている。
こんな些細なことが幸せで嬉しくて仕方がない。
彼女を抱きしめた手が思わず不埒な動きをしようとする。
いや駄目だ。
きちんと段階を踏むと決めたのだから。




