あつい
「悪い。このまま寝かせてあげたいけれど、もう帰る用意をしなければ。送っていくから。」
身体を優しく揺らされ、はっきりと目が覚めたのはその時だった。
ガバッと起き上がりたい所だと言うのに、体がだるくてゆっくりとしか起き上がる事ができなかった。
パタパタと両の手で自分を確認する。
服がきちんと着せられている。
いつの間に…
私のそばに彼が座った。
「大丈夫か?身体は辛くないか?」
心配そうに私の顔を覗き込んで私の髪を撫で付けながら聞いてくる。
大丈夫か
辛くないか
さっきまで何度もささやかれていた言葉。
さっきまで……
カッと火がついたように熱くなった。
浮かんだ光景を振り払うように私は大きく頷くとベッドを降りる。
「じゃあ侍女を寄越そう。」
そう言って彼は部屋を出て行った。
侍女の人が来てもしてもらう事なんてないのに。
身だしなみは自分で整えるし髪も自分で結っている。
そこでベッドが目に入りまた慌てる。
侍女の人が来る前にベッドを整えなければ。
乱れているベッドが恥ずかしくて見ていられない。
「あつい……」
ベッドを整える私の手は真っ赤だった。
身体中があつい。
どうしてあの人はあんなに普通に話せるの。
私は立ち尽くすと両手に顔をうずめて動けなくなっていた。
抱き合うよりも近い距離に他人がいた事がすごく恥ずかしい。
でも
恥ずかしいけど
満たされたのも確かだった
「ゆっくり馬を走らせるようには指示しているが、平気か?」
「……」
私は無言で掴んでいるスカートを擦り合わせた。
私は彼と一緒に馬車で帰路についていた。
体を心配した彼がひとりで帰せないと強引に同乗したのだ。
本当にどうして彼はケロリとしていられるのだろうか。
私は誰の顔も見ることが出来なかったのに。
あの後侍女の方が来てくれても髪の毛を結ってもらうくらいしか、してもらうこともなかったけれど……
セバスさん、侍女、使用人の方々。
皆変わらない態度だと言うのに、私だけずっと顔を伏せたままだった。
さっきまであられも無い格好で肌を合わせていたと言うのに、しれっと服を着て皆の前に立っていることが恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。
「無理をさせてしまったから怒っているのか?」
甘い手つきで髪に触れられて、気恥ずかしさに思わず手を避けるように顔を窓の外に向けた。
いつの間に雨が降ったのか、地面が濡れていた。
道ゆく人が皆こちらを見ている気がする。
そんな訳ないのに。
窓に映る私が目に入った。顔が赤くあまりのみっともなさに目を逸らせた。
私は怒っているのだろうか。
何に?
あの時、拒否すればきっと何も起こらなかった。
嫌だと言えば彼は止めていたし、騒げば誰か来ていただろう。
でも心にあるのは気恥ずかしさだけでは無い、ヒリヒリした気持ち。
避妊薬を飲まされた
夢うつつの私に飲ませたのはきっと避妊薬。
心がざわついた。
用意してたのね。
大事なことでしょう?
妊娠されちゃ困るわよね。
困るのは私の方でしょう?
色んな思いが表れては消える。
「身体が辛いのに慌ただしく帰ることになってしまってすまない。」
掠れた声が沈んでいた。
完璧な彼がオロオロしているように感じる。
そんな事で怒っているとでも?
でもそんな彼に少し胸がすく思いがする。
私の雰囲気が和らいだのだろうか。
「ジャッキー……」
気を取り直したように甘く囁くとサラリと髪を撫でそのまま肩を抱き寄せようとしてきた。
あっと思うよりも先に彼の手を避けてしまった。
止められない。
窓に映った彼を見れば明らかに気落ちしている。
色んな気持ちがないまぜになって自分の気持ちがわからない。
自分の両の手を握り合う。
「もう俺とは話したくもないかい?」
何と答えていいのかわからず黙り込んだ。
彼は続けてポツポツと話し出した。
「このままジャッキーが俺と話さないっていうなら仕方ないけれど……」
「でもそんな事になったら俺は死ぬかもしれない……」
「俺が死んだらどうする気なんだ?」
「貴族殺しておいて、今まで通り普通に王都で生きていけるとでも?!」
「なあにそれ」
我慢できずに吹き出してしまった。
どういう未来設定なの?
まるで狂ってる。
「どうして私が……」
殺したことになってしまうのよ。
そう続けたいのに、あははと止まらないせいで言えない。
涙まで出てきた。
「やっと笑った。」
はっと彼を見ると、いつもの蕩けるような笑顔を浮かべていた。
ぐぅと詰まった様に喉がなる。
これは彼の策だった。
本気にも聞こえるような話し方に、まんまと嵌まって笑わされてしまった。
でも…………それにしても狂ってない?
今まで見たどんな小説よりも狂ってるわ。
ふふっ
今度は騙された自分ごと笑えてきた。
いつの間にやら彼も笑い出して、今度こそ彼は私の肩を抱き寄せるのに成功していたのだった。




