キャルと嗜虐心
部屋の前まで来ると扉を蹴り開けた。
バアンと派手な音を立てる。
ズカズカと部屋に入りベッドに座らせる。
「足の他にぶつけたところは?」
ジャッキーは勢いよく首を左右にふる。
「ならばよかった。」
きっと腫れ上がっていると思い、靴も靴下も剥ぎ取ってみるも、一見何ともなさそうに見えた。
足首を少し動かしてみる。
「っ……!」
ジャッキーが声にならない声を上げた。
ほらみろ。痛いんだろう。
そら見たことかと顔を上げてジャッキーを見た。
しかし今度は俺が息を呑む番だった。
ジャッキーは顔を真っ赤に染め、横を向いてしまった。
そこで初めて俺が彼女の素足に触れていることを自覚する。
「あ……」
何故か弁解しなければという気持ちになり、口を開きかけた時だった。
ノックの音がした。
「キャドウェル様!氷嚢をお持ちしました!」
「ああ!今開ける!」
誤魔化すように声を張り上げ扉をあけると男の使用人が立っていた。
侍女がいない。
俺は氷嚢と包帯を受け取り言った。
「彼女は足を痛めている。手当のために今素足を晒しているからここで下がれ。」
男だから部屋に入れられないのであれば俺だって駄目なはずだが、この時の俺はジャッキーを一人にするという発想がなかった。
使用人は頭を下げて立ち去った。
自覚してから彼女の足に触れるのは妙な気分だった。
さっきまでは必死だったから気にならなかったが。
いや……これは手当てだ。
俺はまた彼女に跪くと氷嚢を押し当てる。
「自分で……」
「いいや。やらせてくれ。俺がいながら怪我させてしまったのだから。」
「どうして……違うわ!」
「ふっ……」
思わず口元を緩めた俺を訳がわからないと言う顔でジャッキーが見返してくる。
俺はまったく関係ないことを思っていた。
「さっきキャルと呼び捨てていた。」
言外に嬉しさが滲む。
さっき図書館で、まるで悲鳴の様だったけれど、確かにキャルと呼んでいた。
今もすっかり敬語が抜けている事も気付いているのかいないのか。
俺の言葉にジャッキーが目をむいて青ざめた。
「何を考えた?俺は嬉しいんだ。」
「平民が貴族を呼び捨てるだなんて。」
「君は平民じゃないだろう。」
線を引かれたような気がして少しムッとしてしまう。
「自分でやるわ……」
少しの沈黙の後彼女がそう言ってこちらに手を伸ばしてきた。
俺が氷嚢を大人しく渡すとジャッキーは目に見えてホッとした。
その様子に俺は少し嗜虐的な気持ちになった。
触れていた彼女の真っ白な足を恭しく持ち上げると、俺は素足にそっと口付けを落とした。
「キャル!!」
裏返った声で俺の名前を呼び捨てる。
ぽしゃん、と間抜けな音を立てて氷嚢が床に落ちた。
俺はしてやったりという気分になり「ははっ!」と笑い声を上げた。
ジャッキーは笑う俺を見て目を見開いた後、俺の手から自身の足を取り返しまた横を向いた。
「あなたって意地悪だわ。」
「そうかな。」
「そうよ。」
「何故。」
「……だって」
「ん?」
「あなただって……」
俺?
思いがけない言葉だった。
ジャッキーは口を閉じてしまったが、俺は彼女をまじまじと見つめ次の言葉を待つ。
彼女は逡巡の顔を一瞬浮かべ、でも俺が逃す気がないことを悟ると重い口を開いた。
「あなただって……私を名前で呼んだことなんてないじゃない。」
俺は目を丸くした。
ジャッキーは気付いてもいないと思っていた。
俺がどうしても、いつまでも、彼女を前にすると名前を呼べないことなんて。
(嘘だろ……)
俺は彼女の手を掴んだ。
腰を浮かせると、縋るように彼女に近付いた。
ベッドに手をつくと微かに音を立てる。
彼女の横顔にそっと口付けて耳元で「ジャッキー…」とささやいた。
横を向いてた彼女がぎょっとしてこちらを見たが、すぐ目つきをするどくしてジロリとこちらを睨む。
「ニヤニヤしないで……」
「してないよ。」
嘘だ。
多分してる。
ジャッキーは何か言おうと口を開くが、俺がハーフアップの髪のリボンをするりと引っ張ると息を止めた。
ほどかれた髪が落ちてくる。
黒い髪を梳くように指を通しながら、くちびるをついばむ。
ジャッキーの背中にそっと腕を回しながら今度はゆっくりくちびるを重ねた。
宝物を扱うように優しくジャッキーを抱き寄せる。
俺の気持ちが伝わるように。大事に、大事に、深く。
ゆっくり傾かせるとジャッキーの身体が強張った。
ベッドに彼女の背中が全部預けられるとくちびるが離れた。
ジャッキーはハァと短く息を吐くと「ねえ待って……」と言った。
拒絶じゃなかった
ジャッキーの口から出た言葉は拒絶じゃない
それが俺を舞い上がらせる。
彼女に覆い被さって、微かな音を立てながらこめかみ、耳、頬、と口付けが止まらない。
「ねえってば……!」
彼女が慌てたように首をすくめて顔をそむければ、黒い髪が流れて白い首があらわになる。
俺は引き寄せられるようにそこにも口付けを落とす。
彼女は体を少し震わせた。そして……
「ん…っ」
甘く上がった嬌声に思わずジャッキーを見ると、ばっと両腕で顔が隠される。
「だ……から、待ってって……」
言ったのに……、と続いた言葉は声になっていない。
彼女の顔は腕で隠されて見えない。
俺は素早く目の前の腕を掴んだ。
どうしてもその先が見たい
「だめ」
「見たい」
「いや」
「どうして」
ジャッキーはぐぅと黙った後、はく、と息を漏らす。
そして絞り出すように
「は……恥ずかしい……から……」と言った。
語尾は消え入りそうだった。
腕の隙間から見えた顔は朱色に染まっていた。
あまりの可愛さに俺の体はとうとう爆ぜた。
その時だ。
俺が完全に理性を見失ったのは。
それからは俺の手で次々とあらわになる彼女の白い肌にすっかり溺れ、時間が経つのも忘れて自分が受け入れられる喜びに夢中になっていた。




