キャルとジャッキーと踏み台
─キャル─
一日置きにジャッキーが通うようになって2週間が過ぎた。
長期休暇に入って1か月ほど経っている。
ということは彼女と勉強を始めて1か月。今日で14日目の勉強会。
今日も2人で図書館の中央の大きなテーブルの前に座り、いつものようにペンの走る音やページをめくる音が聞こえる。
最初こそ緊張気味に一日置きに誘っていたが拒否される事はなかった。
ただ距離はあるが……
警戒されているのは仕方がない。
いや、ここはむしろ丁度いいと思うべきかもしれん。
今のように2人並んで課題をする時。
彼女に頼まれて本棚から本を取る時。
質問される時。
ジャッキーが近くにいると思うだけで隙あらば触れようと、気付けば手が伸びて慌てて引っ込める。
そんな事を何度繰り返したか。
唯一俺に許されている事といえば、彼女がサナリスの図書館にやって来て馬車を降りる時。
この時は紳士としてジャッキーに手を差し出す。
彼女の手が俺の手のひらに重なると、会えた喜びでそのまま抱きしめたくなる。
もちろんやらないが。
彼女の信頼を積み重ねている今、辛くても我慢しなくてはならないのだ。
それがたとえ拷問のように辛くとも。
それよりも目下の悩みは、会う回数が増えた分彼女の課題はとにかく順調に進んでいるということだ。
しかも終盤に差し掛かろうとまでしている。
ジャッキーは優秀なのだ。
これじゃあ長期休暇をまだまだ残して彼女の課題は終わってしまう。
でもこの距離のまま俺は終われない。
彼女はいまだ敬語で話しているし、俺を呼び捨ててくれることもない。
気分転換を言い訳にデートに誘って距離を詰めたいところだがどうにも誘いにくい。
なぜならこの長期休暇でジャッキーがどういう令嬢か少しは分かったからだ。
もちろん最初の印象通り静かで大人しく、知的。
そしてあれだけ資料を読んでいながら、彼女の気分転換は読書なのだ。
休憩しているなと思えば本を読んでいるし、セバスに何か言ってるなと思えば子供用の図書室に行っている。
そこで俺に声をかけてもらえないのは心当たりがあるから仕方がないな。ハハハハ……ハァ……
つまり、俺が思うようなデートなんて大して喜ばないってことだ。
そして今も席を立つと彼女は煮詰まったように螺旋階段を上って行った。
それを見届けて俺も席を立ち窓際のカウチに移動して、休憩をする。
こういう時大抵ジャッキーは外国の本が置いている本棚の前にいて本を選んでいる。
そして丁度その様子がカウチに座れば見えるのだ。
いいや、違うぞ?
決してジャッキーを盗み見て喜んでいるわけじゃない。
ジャッキーは勉強以外の頼み事をするのを躊躇う傾向にある。
だからまた以前のように自分で踏み台に乗って本を取らないか注意して見ているだけだ。
毎回これだけの言い訳を自分にしながらカウチに座って2階のジャッキーの後ろ姿を見つめる。
ジャッキーは俺が自分を見ているなんて思いもしていないから気付いてもいない。
あーあ
盛大なため息をつく。
本当に2度も口付けを交わしたのかと思うくらいの距離感、温度差。
なんだかすべてが錯覚のように思える。
もう少しこう……
また口付けを交わしたいとまでは言わないから……
離れた距離くらいは戻したい
そこまで考えて、おやっと思う。
ジャッキーがゆっくり何かを探すように首を振っている。
瞬間ぞわっと全身の毛が逆立つ心地がする。
まさか……!
俺は勢いよく立ち上がった。
─ジャッキー─
今日は少し眠かった。
昨日は煮詰まってしまい一日課題は進まなかった。
焦りから夜更けまで課題をやってしまった。
おかげで今日は集中力が切れやすく、何度目かの気分転換。
気分転換はつい外国の本の棚に行ってしまう。
手の届くところの本は大抵一度は手に取っていた。
残るは上段にある本。
課題とは関係のない本を何度も何度も取ってもらうのは少し図々しく感じた。
だから自分で取ろうと思った。
私に口酸っぱく注意するキャル様の心配は本物だとわかっていたというのに。
後ろめたさから、そっと踏み台を持ってくる。
とん、と踏み台に上りお目当ての本に手を伸ばす。
あと少し足りない。
しかも踏み台を置く位置も少々ずれていたらしく、目当ての本はなお遠く感じた。
一度踏み台から下りて置き直す……というのは少し面倒だった。
だからそのままグイっとつま先立ちをすると斜め上に伸び上がる。
チョイと本に手がかかった。
急にゾッっと氷を飲み込んだように冷え込む心地がした。
背中から気配を感じ思わずばっと振り返る。
そこにはキャル様が立っていた。
キャル様はあからさまにしまった、という顔をした。
私を驚かさない様に気配を消して近付いていたに違いない。
「その姿勢で振り返るんじゃない!!」
私と目が合うやいなや声を荒げ、同時に床を蹴る。
その姿が私の視界で傾いだ。
頭上からバサっと音を立てて何かが落ちてくる。
本だ。
貴重な外国の本なのに!
グッと足を踏ん張ろうとしたができない。
不安定な姿勢は当然のように安定を失っていた。
眼前に床がせまる。
ああ、とうとうやってしまった
何度も何度も言われていたのに
来るべき衝撃に備えて私はぎゅっと目を閉じる。
本の落ちる音と共にドサっと自分の体に衝撃が走った。
「キャドウェル様!!」
若い使用人の声がした。
床は硬いはずなのに思った様な感触ではない。
ハッと目を開ける。
私は悲鳴のように私の下敷きになっている彼の名前を呼んだ。
「馬鹿なことを!!」
「馬鹿は君だ!」
信じられない光景に金切り声を上げる私へ、キャル様は勢いよく体を起こすと間髪入れず言い返された。
「キャドウェル様!」
使用人が駆け寄ってくる。
「大事ない!受け身はとった!」
キッパリそう言うと私に向き直り、「足をひねっていたな?」そう言って有無を言わさず私を抱き上げると、勢いよく歩き出した。
「扉を開けろ!」
キャル様は大声で指示を出すと、若い使用人が返事をするや二階にある扉に飛んで行った。
騒ぎを聞きつけたらしいセバスさんの声がする。
「セバス!冷やすものを持って来させろ、俺の部屋だ!」
「かしこまりました。」
歩みが止まることのないせいで、セバスさんの声はすぐ後ろに遠くなった。
私は彼のあまりの迫力に詰まった様に言葉も出ず、なすがまま運ばれるだけだった。




