キャルとジャッキーとリス
─キャル─
くちびるを重ねるとジャッキーの黒いまつ毛が揺れた。
リスを離した手をそっと腰に回す。
(ああやっぱり夢じゃ無かった。)
ジャッキーの柔らかく閉じられた瞼をじっと見つめながら思う。
昨日は課題なんて手につかず、ジャッキーの事しか考えられなかった。
待ち遠しい気持ちでようやく今日会えたというのに、少し距離が出来ていた。
そりゃあそうか……
仕方ないなと割り切りながらも、開いた距離は切なかった。
しかしながら一度縮まった距離は無かったことにはならないらしい。
今は腕の中にいる。
あのリスにはナッツの特別手当を
リスが乱入しテーブルの上を荒らすと、ジャッキーが悲鳴をあげた。
かと思うと、迷わず俺の胸に飛び込んできた。
あまりの多幸感に俺は目をしばたたかせた。
向こうに控えていた使用人達が駆けつけて来るのが見えたので、片手で制した。
そして追い払うようにシッシッとすると意図を汲んだ彼らは下がっていった。
俺は踊るようにテーブルから少し離れて亭榭の柱の陰に行った。
これで使用人からは見えない。
腕の中に目を落とすと、震えて俺の胸に顔を伏せるジャッキーがいじらしく、肩を抱き寄せたまま恍惚と見つめていた。
だがすぐに、そうだったと、リスを取り除かなければと、彼女の腕にチョンと乗っていたリスをむんずと掴んだ。
口付けを交わす前ならジャッキーは俺の腕の中には来てくれなかっただろう。
そう思うとやっぱり彼女もちゃんと覚えているんだと嬉しくなった。
無意識に俺の胸に飛び込んだらしく、俺の腕の中と気付いた彼女は顔色をくるくると変えた。
いつだって静かに佇んで落ち着いた雰囲気の彼女が、こんなふうに百面相をしてくれるのがたまらなかった。
そんなわけだからさ
また口付けてしまうのは仕方ない。
ダメだと言われても止まるわけがなかった。
重なったジャッキーの上くちびるを吸う。
そうして何度もくちびるを触れさせ、かすかな音を聞く。
やりすぎないようにしなければ。
嫌われたら。
もう来ないと言われたら。
そう思うのに止められない。
もういっそ君が俺を引っ叩いて止めてくれ……
オッホン
咳払いが聞こえた。
「セバスめ……」
止めるのお前かよ。
「皆気を遣って離れたところに控えているというのに……」
実際止められるとブツブツと恨み言の一つも言いたくなった。
腕を緩めると、我に返った彼女が先ほどのリスよろしくバッと腕から飛び出した。
見計らったようにセバスが品良く現れる。
「おやおや随分と散らかりましたね。新しいお茶菓子をお持ちいたしましたよ。」
ケロリとした顔で微笑みながら使用人達に指示を出すセバス。
あっという間に片付けると、そばに控えた。
有能な執事だ。憎らしいほどに。
俺は軽く息を吐きながら、少し乱れた前髪を押さえた。
新しく用意されたお茶を味わうのもそこそこに、ジャッキーは少し気まずそうに、もう帰る事を伝えられた。
俺は「じゃあまた2日後に。」と口にした。
前回はあっさり了承してくれていたジャッキーが逡巡の表情を浮かべた。
途端頭から冷水でも浴びせられたかのようにゾッとする。
やりすぎた?
3日後に戻せと言われる?
まさかもう来ないと言われるのか?
その先を聞くのが怖い。
でも聞かないのも怖い。
「どうしたんだい?」
震えそうになる声をなんとか抑えるので精一杯だ。
「……いえ。また2日後に。」
「ああ。また2日後に。」
ジャッキーの姿を精一杯の笑顔で見送ると、ホッとして脱力した。
が、かろうじて立つ。
危ない。
警戒されてしまったんだ。
また距離が空いてしまうのか?
それは寂しすぎる。
ならば信用を積み上げるべきだ。
2度も口づけを許してもらえた。
それでもう、この長期休暇は満足なはずだ。
自分に言い聞かせる。
このまま長期休暇があけてしまったら最悪だ。
隙だらけのところをニックとバールに付け込まれることになる。
焦るな。
確実に距離を詰めるのが正解だ。
彼女の課題はまだ終わらない。
終わらない限りはここに来る価値はあるはずだ。
そう思って毎回しつこく進捗を聞いていたんだ。
着実に、確実に、しっかり囲い込んで、長期休暇が終わるころには盤石な関係を。
固く決心した。
─ジャッキー─
サナリス家別邸からの帰路もまた馬車を出してもらう。
馬車に優しく揺られながらぼんやり外の景色を眺めた。
車輪の音が耳に心地良く響く。
帰る私をキャル様はいつも通りの笑顔で見送りをしてくれた。
あんな事の後でもキャル様はいつも通り。
私は恥ずかしく逃げるような気持ちで帰ると言ったのに。
「ではまた2日後に。」
別れ際にキャル様は言った。
あの時ぐっと言葉がすぐには出てこなかった。
キャル様にとってはあんな事は大したことではない。
あんな事……
私はいたたまれず両手に顔をうずめた。
ダメ?とささやかれた掠れた声
唇にかかった息遣い
私は思い出すだけでこんなになってしまうのに。
顔をあげ振り払う様にかぶりを振った。
最初からわかっていたことでしょう。
なのに恨みがましく思うなんて。
結局流された私が悪いのよ。
ボソリとつぶやいた。
それからの私はしっかりと気を引き締め、いつも通りサナリス家の馬車に乗り丘の上に向かう。
図書館に着けば課題をこなし、お茶をいただき、帰る。
拍子抜けするほどのいつも通りを毎度繰り返し、崩れることはない。
キャル様もあいも変わらぬ様子で着々と課題をこなしていく。
そして帰り際はいつも通り「2日後に。」と言うのだ。
私はいつも通りにホッとして、いつも通り胸がツキンと音を立てるのだった。




