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真面目令嬢と告白ごっこ  作者: くきの助


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27/30

ティータイムの乱入者

サナリス邸の図書館から逃げるように家に帰ってきた。

家に着けば誰の顔も碌に見ずに自室に入った。



ああもう……


誰もいない部屋で思わずつぶやいた。

椅子に座り机にひじをついて両手で顔を覆う。


なんとか平静でいたいのにうまくいかない。


どうして流されるようにあんなこと……

自分が信じられなかった。


(もう2度と流されない)


でもそう考えてすぐ(2度目なんてあるわけないわね)と自分の自意識過剰に少し笑う。

今日だってたまたま頭をぶつけたからそういう事になってしまったにすぎない。


あんな後でもいつも通り私を見送ったキャル様。

彼にとっては、きっと些事なのだ。

だって前に彼は言っていたじゃないか。


下位貴族の令嬢とならとりあえず口付けをすると。


母親とも話した通りこの図書館通いはキャル様が満足する時が来たら終わる話。

とりあえずの口付けはした。そして誰の目にも私はサナリス邸の図書館を喜んでいる。

その時はもう近付いている。


(じゃあ今のうちに少しでも課題を進めなくては。)


ふわふわしている場合では無いと気持ちを切り替え、ノートを開き、少しでも課題を進めようとペンを走らせた。









2日後、またいつも通りサナリス家の馬車が迎えにきてくれる。


カザン準男爵家があるここは平民の富裕層が住む地域。

馬車が行き来はしているものの、高位貴族の紋入りの馬車が来ていればやはり目立つ。


だからの配慮なのか、いつもサナリス家からは紋の無い馬車が私を迎えに来る。


おかげで私がサナリス家の図書館に通っていることは噂になることはない。

サナリス家の図書館のある丘の上はサナリス家の別邸と教会だけだ。

誰に見られることもない。

そもそも私とキャル様が結びつける人もいないだろう。


いつも通り丘の上の図書館に着けばいつも通りのキャル様が出迎えてくれ、私もいつも通り挨拶をした。


いつも通り2人きりになることは決してなく、手の届かない本や、どこに置いてあるかわからない本は、キャル様や使用人の方に聞いたり、少し集中してレポートをまとめたりした。



いつも通り


いつも通り


時間は進んで行く。




「ぼっちゃま。お茶の用意ができました。」


「もうそんな時間か。では休憩しようか。」


「天気もいいですし、裏庭の亭榭に御用意いたしました。」



いつも通り疲れた頃にお茶を用意してくださり声をかけてもらえる。

キャル様と庭に移動すると椅子を引いてくれるので座る。


使用人の方の紅茶を注ぐ柔らかい音を聞きながらふと思う。


いつも……何を話していたかしら……

いつも通りが少しわからなくなる。



「進捗はどうだい?結構進んだ?」


紅茶をひと口飲んだキャル様に聞かれる。


そうだった。


いつもどこまで進んだか聞かれるのだった。

そしてそこから課題の内容の話になって行くのよ。


「ええ。どう進めていいのかわからなかった頃に比べれば随分と。」


「そうか。まだ終わりは見えない?」


「結論に辿り着くには、まだ足りません。」


「俺は君と一緒にやっているおかげで真面目に進められているから終盤まで来れた。」


いつも通りのキャル様といつも通りの会話。


その事に安堵する。

それと同時にツキリと胸が音をたてた気がした。


今のは?


思わず胸に手を当てる。


「終わったらもっと君を手伝えると……どうした?」


黙り込んだ私に気付いた様子で顔を覗き込むようにキャル様は首を傾げた。


その時だった。

足元を勢いよく何かがビュン!と走り抜けた。



「きゃあ!!!」



気がつけば甲高い悲鳴を上げていた。


その何かはテーブルの上に駆け上りガチャガチャと食器を揺らす。


何が起きているのか、訳もわからず立ち上がった。


テーブルの音なのか、自分が立てた椅子の音なのか、耳障りな音がうるさく響いている。


自分の腕にドン!と重い衝撃。



息が止まる。


怖い。

怖い。



恐怖で悲鳴もあげられない。


「じっとしていて。大丈夫。」


頭の上から掠れた声が聞こえる。


言われなくても目を閉じ息を止めたまま動くこともできない。

不安できつく手をにぎる。


腕から何かが剥がされる。


「リスだよ。見てごらん。」




……りす……?





恐る恐る目を開けて横を見る。



本当に……リス……だわ



キャル様の手の中にリスが一匹。


「やめろと注意しているんだがね。使用人が餌をやっているらしい。」


キャル様が手を緩めると、ピュッとリスは逃げて行く。


「おかげで人懐っこいからこうしてやってくることがあるんだ。今回はクッキーのナッツに惹かれたんだな。」


さっきの得体の知れない恐怖からまだ抜け出せない私は、目の前で素早く逃げていくリスにビクリとまた体を固くしたまま動けない。



「大丈夫だ。もう他にはいない。」


笑いながら頭を軽く宥めるようにポンポンと撫でられる。


そこでようやくホッと緊張が解けた。

握っていた手もゆるめる。

掴んでいた服はしわくちゃになっていた。


しわくちゃ……


ホッとしたのも束の間、また息が止まった。


今目の前でしわくちゃになっているのはシャツだ。

そうキャル様の……


「ふ……怖がったり青ざめたりしてる。」


頭の上から降ってくる声は愉しげな色を帯びている。


私はキャル様の胸に飛び込んだことにようやく気付く。


それだけじゃない。キャル様の腕はしっかり私の肩を抱き寄せていた。



なんてことなの?!



いつも通りが崩れていく。


またこの距離にいる事が恥ずかしい。


あの時とまた同じ距離……


思わず体を離そうと彼の胸を押した。


すると今更抱き合っていることに気付いた私に、キャル様は笑い声をあげた。


「ははっ!君はあまりにもいつも通りだから、この間のことはてっきり夢だったのかと思っていたけれど!」


ドキリと胸を震わせた。

確かに以前の私ならキャル様に抱きつくなんて考えもしなかった。


一度縮まった距離は無かったことにはならず、リスに驚いた私は迷わずキャル様に抱きついていた。


「良かった。無かったことにされていなくて。」


考えない様にしていたというのに。

いつも通りに早く戻りたい。


見透かされたような言葉が恥ずかしく、キャル様の胸を押す腕に力が入る。



そんな私の額に不意打ちのように柔らかいものが落ちる。


私の腕に力なんて入っていないのかもしれない。

だってキャル様との距離はさっきのままだ。


目、耳、頬、どんどん降りてくる。


……どうしよう……

どうしていいのかわからない。


助けを求めるように思わず彼を見上げる。

彼こそが困らせられている張本人だと言うのに。


当たり前のように顔が近づいた。


このままじゃ……

逃げるように目をつむるとようやく口が開いた。


「だめ…」


くちびるが重なり合うすんでのところで止まるのを感じる。


「ダメ?」


掠れた声がささやく。


「だめ……」


もう……自分でも情けないくらい弱々しい声だった。


キャル様は何も言わなかった。

私も何も言えなくなった。


かわりに重ねられたくちびるを吸われ、ちゅ…とかすかに音を立てた。


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