キャルは何度だって反芻する
ジロリとセバスの鋭い目が俺を捉えた。
「セバス。使用人が付いて来ていなかったぞ。どういう事だ?」
小言を言われる前に先んじて文句を言ってやる。
「申し訳ございません。いつもの使用人が所用でおらず新人に立たせておりました。きつく叱っておかなければなりません。」
「いいや。叱らなくてもいい。」
歌うように言葉を発した俺の様子に「いいえ。きつく叱っておきましょう。本当に。きつく。」と言い、まだ何か言おうとした。
「セバス。早く冷やすものを。ジャッキーも頭をぶつけている。メイドにきちんと手当をさせろ。」
「かしこまりました。」
小言より手当が優先だ。
セバスは何かを飲み込み返事をすると退室した。
扉が閉まる。
1人になると、また丸テーブルの前に座って肘をつき手を組んだ。
そしてそこに、とんと額を乗せる。
ああ
ひとり、唸る。
自分でもみっともなく口元が緩んでいるのがわかる。
セバスでなくともこんなに浮かれている俺を見れば、ここで何が起きたかくらいすぐわかってしまうだろう。
新米の使用人よ。
俺はお前に特別手当をやりたいくらいだ。
は──…
(やはり口付けをしている時もジャッキーは美しかった……)
俺はさっきの口付けを反芻する。
俺はくちびるを重ねながらしっかりと目を開き、じいっとジャッキーの顔を凝視していた。
こんな風に見ていたことを知られたら引かれるか?
そんなことが一瞬頭をよぎったが、どうせやめられない。
考えるだけ無駄だ。
俺は彼女のどんな顔だって見逃したくないんだ。
ジャッキーの瞳はキュッときつく閉じられており、そのせいか長い黒いまつ毛は少し震えていた。
触れ合うくちびるも硬く引き結ばれている。
俺は自分のジャッキーを想う気持ちが少しでも伝われと、何度もジャッキーのくちびるをそっと何度も触れてついばむ。
すると、見つめていたジャッキーの目元の力がふっと抜けた。
美しい瞳を隠すまぶたは透き通るように白く、綺麗に並ぶ黒いまつ毛はさながら人形のようだった。
さっきまで固く結ばれていた赤いくちびるはとうとうほどかれて、俺と優しく重なり合う。
彼女が俺の服の袖を掴み、引っ張られた。
力の抜けたジャッキーは不安定な姿勢なのだと気付く。
ああこのままじゃ口付けが終わってしまう。
腰に手を回し、しっかり引き寄せた。
細い腰はやすやすと俺に密着させられる。
ずっとこの時間が終わらなければいいのに。
胸の底から湧き出るような幸福感は今まで味わったことのないものだった。
は───……
また長い息を吐き、ここまでを何度も何度も味わう。
何一つ取りこぼす事なく覚えていたい。
なんて幸せなんだ……
ジャッキーとお付き合いできただけでも幸運だと思っていた。
こうしてサナリスの別邸に2人でいる事も夢のようだった。
十分満足だというのに、こんな……
コンコンコン!
またしてもノックの音が現実に引きもどす。
セバスが戻って来たんだ。
部屋に入ってきたセバスが伝えて来たのは、ジャッキーがもう帰るらしいということ。
確かにもう帰る時間だった。
俺は慌てて図書館の方に戻る。
ジャッキーのぶつけたところは特に腫れ上がる様子もなかったようで安心した。
彼女は帰り際まで俺の額が少し赤いことを気にしていた。
俺は何事もなかった振りで見送った。
次は2日後の約束をして。
本当は明日って言いたかった。
でもそれは焦りすぎて不誠実に見えてしまうかもしれん。
待ちきれない。
早く会いたい。
はやる気持ちが俺を落ち着かなくし、意味もなく図書室や屋敷を行き来してしまった。
すると、あの新人が教育係の使用人に叱られているところに遭遇してしまった。
あまりにもきつく叱られていたら庇ってやろうと、少し聞き耳を立てた。
「決してキャドウェル様を女性と2人きりにするなと言っただろう!決してだ!あのキャドウェル様だぞ。わかっているのか!」
あのキャドウェルだぞってなんだよ。
失敬だな。




