私の失敗
ゴッ
まるで頭の中に響くような音がした。
瞬間目の前が白黒し、何が起きたかすぐにはわからなかった。
思わず反射的に頭を抑える。
顔を上げればキャル様の顔があった。
ええっと…………
必死に遡る。
本を読んでいたら、中に挟まっていた綺麗な押し花のしおりがひらりと落ちてしまったので手を伸ばした。
そして今目の前には同じく片手で額の辺りを押さえているキャル様が。
キャル様もしおりを拾おうとしてくれていたのに気付かず、キャル様に頭突きをしてしまった……?
「キャル様……」
大丈夫ですかと言おうとしたその時だった。
ガッと肩を掴まれ思わず言葉を飲み込んだ。
「どこを打った!?」
瞠目する。
「顔……は大丈夫か……どこも赤くなってはいない……」
キャル様の顔からほっと緊張が消えた。
が、またすぐ青ざめる。
「じゃあ頭か!?」
またそう叫ぶ様に言うと、両手で私の額、生え際、頭、順に撫で回すキャル様の額こそ赤くなっている。
瞬間背筋が凍りつく。
(キャル様の顔にアザを作ってしまった?)
たかが準男爵令嬢が伯爵令息に怪我を?!
私は飛び付くように赤くなったキャル様の額に指を這わせた。
突然の私の行動に驚いているキャル様に「私は石頭なので大丈夫です。それよりキャル様の額が赤く……申し訳ございません」
そう言っている間もどんどん血の気が引いていく。
(額が真っ赤……とんでもないことをしてしまったわ……!!)
準男爵令嬢が伯爵家の図書館を使わせてもらっているだけでもありがたい話だというのに、恩を仇で返すなんてとんでもない話。
「随分赤くなってしまっています。冷やしましょう!」
「あ、……い、いや。それより君は……君の方が……」
キャル様は珍しく言い淀む。
どうして?
そこで初めて私はキャル様と顔を触り合い、近い距離で話しているという事に気がついた。
伯爵令息に怪我を負わせたとそのことばかりが頭を占めていて、そんなことに気付けなかった。
額に這わせていた指はいつ引っ込めていいのかわからなくなってしまった。
するとその手をきゅっと握られ、そっと額から外された。
「君の美しい顔に傷がつかなくてよかった。」
キャル様はいつもの調子でゆっくりそう言うと、私の瞳を覗き込んだ。
私の頭にあったキャル様の手が乱れた髪を整える様に梳く。
さっきまでの心配の手つきとは違う。
その手がそっと頬に触れた。
どうしよう
私は時間が止まったようにキャル様のグリーングレーの瞳から目が離せない。
最初から顔が近かったのか、キャル様の顔が近付いたのか。
気が付けばキャル様との顔の距離に耐えられなくなった様に私は目を閉じていて、唇には柔らかく温かい感触。
何度も何度もくちびるは優しく重ねられ、頭に熱が伝わるかのように、ふわふわと体から力が抜けていく。
コンコン!!
どのくらいの時間そうしていたのか、突然のノックに2人で体を震わせた。
「セバスでございます。ぼっちゃま。こちらにいらっしゃいますでしょうか。」
閉まっている扉の向こうからセバスさんの声が聞こえる。
「……セバスは本当に優秀な執事だな。」
キャル様はそういうと、少し嘆息して、惜しむように私の額に口付けするとそっと体を離した。
「ああ、ここにいる。」
そういうと扉にツカツカと歩いて行った。
扉が開くと「ぼっちゃま、額が赤くなっておりますが。」とすぐにセバスさんがいう。
「ああ、2人で頭をぶつけた。冷やすものを持ってきてくれ。」
キャル様がそういうと、心配気にセバスさんがこちらを見やる。
目があう。
途端に恥ずかしくなった。
居た堪れなくなりセバスさんが口を開く前に私が口を開いた。
「私は大丈夫です。先に図書館に戻っておりますね。」
そう言って2人の脇をすり抜けて部屋を出て行った。
両手であつくなった頬を覆う。
最初は廊下を歩いていたというのに、どんどん早足になっていく自分を止める事ができなかった。




