縮まる距離
サナリス伯爵家の別邸に招いていただいて6度目になるだろうか。
来るたびに、気持ちのいい風が吹く日は図書館の裏庭でお茶の用意をしてくれる。
日差しは日に日に強くなるけれど、日陰に入ればそこまでは暑くはない。
今日は風が運んでくるのか、耳をすませば子供達の遊ぶ声がかすかに聞こえた。
風もなく日差しが強い日は応接室にお茶を用意がされている。
毎回お茶やお菓子の用意をしてもらうのに恐縮してしまう。
でも客人が来ていると言うのにお茶も出さないなどあり得ないのだろう。
だから恐縮しながらもいただいていた。
キャル様とのお茶の時間はまるで学園でのランチの時間のように静かに過ぎて行く。
話題は課題の話が多く、今日は先程まで地図を見ていたせいかパタヂャカの気候の話題になった。
「パタヂャカは必ず山と雪に囲まれたと言われるけれども、実際冬は厳しいのかい?滞在していたのが小さい頃ならあまり覚えていないかな?」
「確かに冬は早々に閉山してしまうほど山に雪が積もりますが、中央まで来ますとそこまで雪はありません。晴れた日が多い印象がありますね。」
「そうか。意外だな……」
そういうとおとがいを指で撫でて考え込んだ。
私はそんな彼を横目に紅茶に口をつけた。
紅茶の芳しい香りが鼻をくすぐる。
彼はルーカス先生の課題は気象学に手を出すなと言っておきながら、ご自分はテーマに選んでいるらしかった。
(自分を試したいならそのテーマを選んでもいいけれどっておっしゃっていたわね。)
キャル様は試しているのかもしれない。
努力家?
そうね。あれだけ教師の方々の評判がいいのだもの。
それだけの理由があるはずだわ。
長期休暇の課題だって、確か賭けに負けたキンクス侯爵令息とデパージ子爵令息がやると言っていたはずだったのに、なぜか彼は自分でやっている。
こうして何度もお会いして勉強を一緒にしていると、今まで持っていた彼のイメージがわからなくなっていく。
ある時は完璧な学園の人気者。
またある時は口の悪い高位貴族。
でも実は子供に好かれて、努力家で勉強熱心?
ちょっとめちゃくちゃじゃないかしら。
さっきだって……
「何ひとりで笑ってるんだ?」
キャル様はひとり熟考されていたのは終了したらしい。
いつの間にかこちらを怪訝そうにみていた。
「私笑っていましたか?」
思わず聞き返してしまった。
「それはそれは楽しそうに笑っていたぞ。」
キャル様が揶揄うように言ったので、私は仕返しのように答えた。
「キャル様のことですわ。」
「……俺の?」
「先程裏庭に出て園路を歩いている時に、今日は日差しが強くて暑いと言う話をされた後鼻歌を歌っていらっしゃいました。」
「ああ…歌ったかな……?」
口に手を当てて思い出そうとするように視線を上に向けた。
無意識だったらしい。
「歌っていましたよ。それで……ふふふっ!」
堪えきれず笑ってしまった。
「そんなに下手だったか?」
冗談めかしてキャル様が言う。
「いいえ……冬の歌を歌っていらしたんです。とっても寒いって歌を……」
やっぱりどうしても笑いが抑えられない。
「日差しが強いとお話しされていたのにって思うと可笑しくなってしまいましたわ。」
「確かに。だが癖なんだ。」
合点が言った様に答えた後キャル様も喉を鳴らして笑う。
「ひいお祖父様が若い頃は南の隣国との争いが激しくてね。もちろんひいお祖父様もその戦いに参加していたのだが、その時季節は夏で南は暑くて暑くて。寒い歌を歌って涼んでいたそうだ。戦いが終わってもひいお祖父様はその癖が抜けなくて、とうとうひ孫の俺にまで感染してしまったってわけだ。」
私は目を丸くした。
キャル様のひいお祖父様はなんて楽しいことを思いつくのかしら!!
「実際涼しく感じるようになるから不思議だよ。」
「キャル様のひいお祖父様は本当に楽しい方ですね。」
「この癖の感染力は強いから、そのうち君もきっと冬の歌を歌ってしまうはずだよ。」
そう言うとキャル様は快活に笑った。
エクボを作って。
ドンッと強く胸を叩かれた。
誰かに拳を叩きつけられたのかと思うくらいの衝撃があった。
実際は誰も私の胸など叩くわけがない。
じゃあ、今のは何だったの……
思わず胸を押さえて呆然としてしまった。
「どうした……?」
心配気にこちらを覗き込むグリーングレーの瞳。
はっと息をのむ。
「……私も楽しそうなので試してみたいと思いましたが、この暑さの中冬の歌などなかなか思い付かないものですね。考え込んでしまいました。」
キャル様が、ほ……と安堵した様子が見てとれる。
私は胸に手を当てたまま首を少し傾ける。
ドキドキといつもより鼓動が早い気がした。




