閑話 カザン準男爵夫人 バーバラの事情
「どうなんだい?ジャッキーはサナリス伯爵邸は楽しかったって?」
夫がソワソワと聞いてくる。
「楽しかったかどうかはわからないけど、また行くようよ。」
「そうか!なら楽しかったんじゃないか?高位貴族のクラスにいれてよかったなあ。ようやく馴染めたんだよ!」
「そうなのかしらねえ。」
能天気な夫の言い様に少しため息混じりにいった。
ジャッキーにはあんなふうに言ったけれど、私たちは高位貴族のクラスを勧めたのはけっして顔を繋いで欲しかったわけではない。
この国では珍しい黒髪黒目のジャッキー。
それだけでも好奇の目で見られることが多かった。
加えて……幼少期をパタヂャカの私の実家で過ごしたことで高位貴族の振る舞いを身につけてしまった。
私の実家は侯爵家だ。
面倒なのでこの国では隠しているのだけれど。
いくら隠そうとも身についた振る舞いは隠せない。
子供なら尚更。
当然のように平民の学校ではすっかり遠巻きにされた。
本来のジャッキーの性格もあるとは思うけれど……
準男爵となり貴族学園に入るとなった時、夫はいった。
「ああ、これで、ジャッキーも友達ができるぞ。」
貴族の中なら浮かない、そう信じて。
でも願い虚しく、ジャッキーが下位貴族のクラスでも友達ができる事はなかった。
「高位貴族の振る舞いがダメだというなら、高位貴族のクラスならどうだ?とうとう馴染めるのでは?」
夫はとにかくジャッキーがひとりも友達も作らずにいることを気に病んでいた。
だから少し強引に高位貴族のクラスにいれた。
のちに知るが、成績優秀だけを武器に高位貴族のクラスに入ろうとする下位貴族はいないらしい。
そりゃあ……高位貴族のクラスでもさぞや浮いたでしょうね。
よく知らない、誰の後押しも無い、準男爵令嬢がいきなりクラスに入ってきたらそうなる。
そんな事が分かりどうしようかという時にジャッキーが言った。
週末は出かける?
それもサナリス伯爵家の四男キャドウェル様と。
キャドウェル様といえば大層な美丈夫で貴族令嬢を夢中にさせている貴公子と有名だった。
彼と2人で?
出かける?
断らなかったの?
ジャッキーが?
でもジャッキーを見れば腑に落ちない顔をしているから、なし崩しにそうなったのかしら?
確かに準男爵令嬢なんて遊び相手にはちょうどいい。
キャドウェル様はトラブルもなく、遊び方は綺麗だと聞く。
夫は心配していたけれど、高位貴族が軽々しく一線をこえる事はないといえば安心していた。
きっかけは軽薄な伯爵令息でも構わない。
この国の高位貴族がどういうものかわかれば、高位貴族のクラスに馴染める良い機会になるかもしれない。
そう願って。
週末はつつがなくすぎ、テスト期間を終え、夏の長期休暇に入る。
高位貴族の遊び方は大体わかるつもりだ。
綺麗に別れるにはここだろう。
だというのに。ここに来てサナリス家の図書館に招待する旨の手紙が届いて驚いた。
送迎の馬車まで用意してくれるらしい。
ちょっと思っていた展開と違うみたい。
面食らっていた私に「お母様には本当の事を話すわ……」
と教えてくれた話はなんと言うか……呆れるような話だった。
告白ごっこねえ……
本当かしら?
いくら準男爵令嬢が相手とはいえ、同じ学園の同じクラスの令嬢にこんな下品な罰ゲームを仕掛けるのはあまりにも危険。
そんな事が知れた瞬間評判はガタ落ちよ。
それでもやる意味って?
ジャッキーは自身のことを黒髪黒目な上、地味で真面目の愛想なしだからとっつきにくいのだと思っているけれど、それだけじゃない。
彼女の上品に整った顔立ちは美しい。
加えて高位貴族の気品漂う立ち振る舞いが、人を寄せ付けない。
改めて目の前のジャッキーを見つめる。
心底キャドウェル様になぜ誘われたのかわからないという顔をしている。
「週末デートが楽しそうじゃなかったからじゃないの?」
だからこう答えた。
「楽しませられないまま終われない。それが色男の矜持なんじゃないの?きっと図書館なら喜ぶと思ったのよ。あなただって課題が進んで万々歳じゃない。彼が満足してその内誘われなくなればそれで終わり。わざわざこちらから波風立ててまで断る話でもないじゃない。そうでしょう?」
「それもそうね……。お母様のいうとおりだわ。でも、真相を知ればお父様がっかりしてしまうかしら……」
「しない、しない」
パタパタと手を振った。
「ならいいのだけれど……」
「どうせならきちんと課題をこなしていらっしゃい。」
そう送り出した。
…………ねえ、キャドウェル様はうちの子にもしや本気?
でも準男爵令嬢は貴族ではないのだから、高位貴族と結婚なんてできないわよ?
そりゃ、手がないわけではないけれど……
でも勝手に高位貴族が貴族でもない令嬢にあれやこれや仕掛ければ平民の反感を買うし、貴族としても下品。
だから必ず合意が必要。
だからまず仲良くなろうと?
告白ごっこだなんて馬鹿げたことをしてまで。
まあいいわ。
ゆっくり見守りましょ。




