キャルと神秘の国パタヂャカ
あ───…何だよ、あれ。
お気に入りの本を見つけて嬉しそうに胸に抱きしめるって何だよ、あれは。
眩しすぎて目が潰れたかと思ったわ。
そう来るかぁ
そう来たかぁ
その手は食わないと、昨日からいろんなジャッキーを想定していたと言うのに現実は想像をやすやすと超えてくる。
庭のエスコートはうまくやれたから油断した。
学園では決して見ることのない顔に思わず俺は卒倒しそうになるのをグッと堪え、ほうほうのていでなんとか図書館の外に出た。
扉を閉めた途端立っていられなくなり、クタクタと扉の前に深く腰を落とし座り込む。
頭を片手で抱え込むと、長いため息をついた。
ああ
デートの時に長期休暇のお誘いをかけられず落ち込んだが、勇気を出して再度挑んでよかった
本当によかった
ついでにひいお祖父様が本の収集好きでよかった
本っ当によかった
ありがとう、ひいお祖父様
感謝を噛み締める。
「ぼっちゃま。そこで何をしておられるのです。」
不意に声をかけられ肩を揺らした。
顔を上げればセバスが呆れた顔でこちらを見下ろしていた。
「いや、ちょっと立ちくらみがな………」
誤魔化すように言い、膝を払いながら立ち上がったものの気まずさに「ぼっちゃまはやめろ。」と言う。
「こんなところで座り込むようじゃいつまでたってもぼっちゃまですよ。」とあきれ混じりに返された。
黙るしかない。
ひいお祖父様に若い時から仕えていたセバス。
小さい頃からここによく来ていた俺はセバスにとっていつまで経ってもぼっちゃまらしい。
「美しいご令嬢でございますね。」
「ああ……まあ、な。」
何故俺が照れる。
「所作は高位貴族のそれでございますね。」
「ああそうだな。最初は俺もてっきり高位貴族と思ったが。準男爵と知った時には驚いた。」
結局ジャッキーの事は何もわからないままだ。
お付き合いを了承してくれたのだから婚約者はいない。
年が7つ離れた弟がいる。
幼少期はパタヂャカにいた。
得られた情報などその程度のものだ。
父親はこの国の平民。
これは誰でも調べがつく。
立ち居振る舞いからおそらくは母親がパタヂャカの貴族だったのではないかと誰もが予想するだろうが確証はない。
そう勘繰る者が夫人本人に聞くこともあったらしいが、
「パタヂャカは礼儀と規律に厳しく、平民でもこのくらいの立ち振る舞いは皆できる。」と言われたらしい。
そう言われてしまえば、真偽はどうあれこちらは頷くしかない。
何故ならパタヂャカは大陸の北に位置する山と雪に囲まれた閉鎖的な国だ。
余所者を嫌い、他国との国交もなく、独自の文化と言語を築いている。
故にパタヂャカに関することを調べようと思うと色んな伝手を辿らなければならない。
そうまでして情報を仕入れたところで、我が国との文化の違い理解するものがいなければ、正しく情報も得られない。
仮に夫人が貴族だったとして、あのような閉鎖的な国の貴族が他国の平民と結婚し遠く離れた此処リラ国に住んでいるなど、荒唐無稽のようにも思う。
だから結局「何もわからない」と言うことになり、
目下問題はジャッキーは準男爵令嬢で、貴族でもない令嬢にいきなり高位貴族が求婚するなど前代未聞で出来るわけがないということになる。
とどのつまりはジャッキー本人と親交を深めるしかないのだと振り出しに戻るのだ。
もう考えても仕方がない。
そう結論付けたのを見計らったようにセバスが口を開いた。
「婚約者も作らず浮き名ばかり流していたぼっちゃまがこの屋敷に女性を連れてくると聞いて使用人一同皆驚きましたが、素敵なご令嬢で安心いたしました。後はぼっちゃまとの気持ちの温度差が問題なだけでございますね。」
わかってるよ!!
地味にジャッキーとの温度差には最初からずっと堪えているというのに……
ゲンナリとした顔をわざとらしくして見せてもセバスは気にする素振りもなく「お茶はいつ頃になさいますか。」とケロリと聞いてきた。
「ジャッキーがひと段落ついた頃にまた声をかけるから、準備だけしておいてくれ。裏庭だ。」
「かしこまりました。」
そんな会話の後、俺はそっと図書館に戻った。
窓際のカウチに座ると二階のジャッキーが見えた。
いつも静かなジャッキーが浮き足立っている雰囲気に顔が綻ぶ。
あの様子じゃ今日は課題はできそうにないかな。
それでもいいか。楽しそうだ。
あいつらから課題を取り返しておいてよかったなあ。
賭けに勝ったのだから課題はやらなくてもよかったのだけれど、本だらけのこの屋敷にジャッキーを誘うのに「一緒にレポートの課題をやろう」ってこんないい口実はなかった。
「レポートのテーマは決めたかい?」
「それが決めかねています。」
「去年は何にしたんだ?」
「下位のクラスではこんな課題は出ませんでした。さすがは高位貴族のクラスは求められる事が多いですね。」
「じゃあ初めての課題なんだね。だったら尚更資料は大事だ。ただ貸し出しはできないから……マメにこちらに通いなよ。俺も手伝ってあげられるしね。」
「そんなにお伺いするのは……」
「ここは別邸だから気にすることないよ。ひいお祖父様がなくなって以来、君が来なければここにお客さんなんて来ないものだから、使用人達も喜んでいる。だから、ね。」
人間必死になればくるくるとよく口が回るものだな。
こうして俺はジャッキーとお茶をしながら、課題を理由にまた3日後にもジャッキーとこの屋敷で会う約束を有無を言わさぬ勢いで取り付けた。




