私の知らないデート物語
「王都のカフェに行ってきたよ。ジャッキーはこんな素敵なカフェに連れて来てもらって嬉しいと目を輝かせていた。奥の高位貴族用の部屋を使わせてもらおうと思ったが、ジャッキーは真面目だから。男と2人きりで個室だなんて緊張するだろうし、オープンスペースに席をとって貰ったんだ。結果良かったよ。終始柔らかい笑顔でケーキを食べていた。」
「カフェのオープンスペースというのは初めて使ったよ。趣があってよかったな。」
「サナリス伯爵家が建てた教会から見る景色が綺麗だと言ったら、ジャッキーに控えめにだが行ってみたいと言われてさ。カフェの帰りに連れて行ったらうっとりとしていたな。だからつい、ね。くちびるを奪ってしまった。」
私はあんぐりと口を開けたまま閉じる事が出来ずにいた。
きっと相当間抜けな顔をしている事だろう。
そして彼らの話声を聞きながら、呆然と椅子に座っていた。
しばらく彼らは、あの大真面目令嬢が口付けなど本当に受け入れたのかだの、叩かれはしなかったのかだの、好き放題言って盛り上がっていたが、いつものようにカードゲームの勝負がつくと帰っていった。
彼らが去るとさっきまでの騒がしさが嘘のようにシンと静かになる。
そこでようやく一息つこうと息を吸い込み吐こうとして「く…っ!ふふふ!」と口から出たのは笑い声だった。
やっぱりあの人って……
ああもう
おかしいったら
いきなり始まった痴話喧嘩にあんなに面食らっていたというのに、あれを趣と言えるなんて。
見栄があったとしても、それはもはや寛容だ。
キャル様と行ったカフェは貴族が使う格式の高いカフェだった。
オープンスペースの席にキャル様が座れば、誰もがキャル様を振り返った。
「道ゆく人が振り返る」なんて本当にあるのだと思わず感心してしまった。
確かに洒落たカフェに座る彼の姿は優雅で隙もなく絵になっていた。
少し離れた隣の席には見覚えのある顔のカップルが座っていた。
平民の学校の時に見かけた事がある男性と、女性の方は一つ学年が上の準男爵令嬢だった。
そして2人はあろうことか痴話喧嘩を始めたのだ。
会話の内容は丸聞こえ。
貯金と無駄遣いを題材に繰り広げられていた。
キャル様は気にしないようにしているものの、少し目を丸くしていた。
ちょっとした修羅場。
正直あまりあることではない。
すっかり雰囲気は重くなった。
埋め合わせのように高台の教会に景色を見に行こうと誘われた。
カフェだけで帰るつもりだったけれど……彼はこのまま帰るわけにはいかないのだろう。
だけど……
高台の教会は雰囲気のある所だった。
サナリス家所有の人気の美しい教会。
庭のベンチを勧められ座ってすぐの事だった。
後ろの潅木の茂みからガサゴソと音がした。
驚いて振り向くと茂みから顔を出していたのは女の子だった。
ジタバタと手足を動かし、茂みから出てくるなり「キャドウェルさま!」
そう言って女の子は満面の笑みを浮かべるとキャル様に抱きついた。
女の子は教会の孤児院の子どもだった。
懐いている所を見るとキャル様はよく孤児院を訪れているのは想像に難くない。
(少し意外だわ……)
どうやら女の子は教会の方にサナリス伯爵家の馬車が見えたので孤児院を抜け出して会いにきたらしい。
キャル様は慣れた手つきで女の子を抱き上げる。
(弟より2つか3つくらい年下かしら。)
私の弟は10歳。
私とは少し歳が離れている。
と言うことはこの子は7歳くらい?
思わず可愛らしさに目を細めた。
2人で彼女を孤児院に送り届けると、帰路についた。
なんと言うかいろんな事が起きた1日だった。
正直いえばデートの雰囲気とは程遠い。
だから
彼の話はもはや私とのデートの話ではなかった。
でもあの1日をそんな甘い恋物語のように変換できるなんて、それはもう立派な才能じゃないかしら。
くすくすと笑い出せば止まらない。
普通の貴族令嬢なら怒るのかしら。
勝手に口付けをかわした事にされてしまったのだから。
でも私は貴族じゃないし陰で何を言われていたって大した事じゃない。
(構わないわ。デートはしたんだし、今度こそもう終わりだもの)
嘘を本当にしてごっこも終わり。
何故なら明日からは学園はテスト前の期間に入りランチはない。
そうして学期末のテストが終われば、この国の社交シーズンに入り、学園も長期休暇に入る。
そうしてごっこは有耶無耶にして終わるのだ。
きっと




