キャルとデートと平民
「だから貯金して欲しい…」
「なんでだよ。買ってやるって言ってんだろ。」
「アクセサリーなんていらない。貯金して欲しい。」
「いい加減にしろよ。」
「こんなところにも連れて来てくれなくていいの。」
「何だよ!連れて来てやったんだろ!」
「貯金して欲しいの……」
何なんだ。この会話は………
念願のカフェにジャッキーと来ているはずだった。
ここは学園でも人気のカフェで貴族向けの店ではあるが、貴族と一緒であれば平民も入れる。
ただしオープンのカフェスペースのみだが。
オープンスペースは大体下位貴族が使う。
高位貴族は奥の中庭に面した個室に行く。
そこは貴族同伴だろうが金を積もうが平民は決して入れない。
俺もいつものデートならそこを使う。
高位貴族の令嬢なら当然だし、下位貴族の令嬢なら喜ぶからだ。
要するに……オープンのカフェスペースを使ったのは俺は初めてだって事だ。
だから隣の席の会話がこんなに聞こえる事に驚いた。
それだけじゃない。
どうしてかこの2人はこんな公衆の面前で喧嘩をはじめようとしている。
見た感じ、男が平民、女性が準男爵令嬢か。
「誕生日だからプレゼントしたいって、恋人なら当たり前のことだろ?!」
「無理してほしく無い。」
「してない。」
「プレゼントいらないから貯金して欲しいの。」
「もういいわかった。これから行く。絶対に行く。首に縄をつけてでも、君を引きずってでもアクセサリーショップに連れて行くからな。」
何故そうなる。
なんで女性に縄をつけて引きずってまでアクセサリーショップに行くんだよ。
何なんだ。
今何が起きているんだ。
せっかくジャッキーと来ているのに、興奮して声が大きくなってゆく隣のカップルが気になってしまい心底楽しめない。
盗み聞きなどしているつもりはないのに、勝手に耳に入る痴話喧嘩。
しかしそんなことは全く気にしないふたり。
平民ってこんな感じなのか……知らなかった。
とてもじゃないが真似できないな。
当たり前だが。
「働いたお金はちゃんと貯めて欲しいの。」
「平民は金がなくてみっともないって言いてえのかよ!」
そこで店の者がやって来てそのカップルに何やら声をかける。
すると男はガタンと耳障りな音を立てて席を立つと、女もそれを追う様に店を出た。
店の者はこちらに深々と頭を下げたので、手をひらりとさせて応える。
その者も去ると冷えた様な空気だけが残った。
気まずい。
こんなことなら、いつも通り奥の個室を用意して貰えばよかった。
ジャッキーとデートしていることを、バールとニックに知らしめるくらいには噂になって欲しいとの魂胆の基、わざわざオープンスペースの席を用意してもらったというのに。
でも失敗だった。
俺はジャッキーになんとか笑いかけ「店を変えようか。」と提案して席を立とうとした。
すると彼女は口の端を柔らかく上げた。
「いいえ、私は気にしませんのでこのままでも。いきなり始まる痴話喧嘩なんて平民ならよくあることですし、せっかくこんな素敵なカフェに来たのですから。」
不意の笑顔にドクンと胸が鳴った。
「今日は連れて来てくださってありがとうございます。」
胸が弾む。
その反動で手が震えるほどに。
ジャッキーに微笑みながらお礼を言われると、たったそれだけで天にものぼる気持ちになるのだから単純だよな。
(嗚呼、あの男は気の毒な事だ。喜んでもらおうと頑張ったのに受け入れてもらえなかったんだからな。)
あっという間にせっかくのデートの時間を邪魔されたあの平民の男に同情できるまでになっていた。
「じゃあ、気分直しに付き合ってくれるかい。」
唯一良かったことといえば、どう誘おうかと考えあぐねていたサナリス家の建てた王都の教会にジャッキーを連れて行くことが出来たことだった。
丘の上にある其処は王都を一望できるくらい見晴らしがよく、気持ちのいい風が吹く。
まあ多分に下心はあったんだけれど。
だってそこはホラ……2人っきりになって肩に手をまわすくらいのことはしたいじゃないか。
教会の庭には灌木の茂みに石の亭榭があり、そこの椅子に2人で座って陽に照らされた王都をゆっくり眺める…………いや眺めたいと思っていた。
椅子に座るや否やキャドウェルさま!と名前を呼ばれ振り向けば教会の敷地にある孤児院から子供が迷い込んできていた。
放っておくことなどできず、孤児院に送って行くともうデートなんて雰囲気ではなくなってしまい、帰路についた。
本当に何なんだ、今日は。
こんなに何もかも上手くいかないことなんてあるか?
本当なら教会のそばにあるサナリス家の別邸に、亡くなったひいお祖父様の趣味で立派な図書館があるから、そこに夏の長期休暇中に招待したいって言うつもりだったのに。
デート中そんなゆったりした時間など一切なかったのだから信じられない。
こうして初デートは失敗に終わった。
あ──クソ
失敗なんて初めてだ。
週明け、あの2人になんて報告したものか。
考えると気が重くなるばかりだった。




