それぞれの放課後
─キャル─
ランチを一緒に取り始めて2週間が経とうとしていた。
俺はすっかり焦っていた。
ちょっと情けない過程を経たとはいえ愛称で呼ぶ事を許され、有頂天だった俺。
でもいまだ彼女に愛称で呼ぶ事が出来ずにいた。
彼女にキャルと呼び捨ててもらいのに、なんと切り出していいのかわからない。
週末はデートに誘いたいと思うのに、結局言い出せない。
少しでいいから横に座っている距離を詰めたいのに、近付く事ができない。
ジャッキーは真面目だからゆっくりやる、と言った手前ランチだけでも不自然ではなかったけれども、そろそろデートの約束一つすらないのはまずい。
そう思うのに、まるで病にかかったように、あの子の前で何かを話そうとするたび身体中の熱が顔に集まりだし、頭まで真っ白になる。
今日もかわいいね。
髪飾り似合ってるよ。
週末出かけようよ。
今まで何万回と言って来た言葉ですらあの子には言えたことがないんだ。
一体どうしてしまったのか、今までの俺では考えられない事ばかり起きてもう自分でも訳がわからない。
この事態をバールとニックに知られるわけにはいかないと言うのに、あいつらジャッキーとの進捗を逐一聞いてくるんだ。
どこかに付け入る隙がないか、虎視眈々と狙っているのがありありと伝わってくる。
だから精一杯見栄を張った。
「今日のランチはついカザン準男爵令嬢と呼んでしまった俺に名前で呼んでくれないのかと責められてしまって参ったよ。実は楽しみにしていたらしい。」
「キャルでいい、様はいらないと言うと頬を染めて黙り込んでしまった。急がせてはいけないと反省したな。」
「今日のランチでは、ジャッキーが珍しく話題を振ってきてさ。王都の人気のカフェがあるだろう?俺たちもよく使う。ジャッキーがそこのカフェの話題をおずおずとするものだから、今度行こうと誘ったんだ。随分嬉しそうにしてたなあ。初デートになるのかな。」
「ジャッキーは真面目だとわかっていたのに、うっかり肩に手を回してしまった。でもジャッキーは恥じらいながらも手を振り払うことはしなかった。真面目を攻略するのもなかなか楽しいもんだ。」
こんな作り話はあの子が聞けばひっくり返ることだろう。
でも、そうなる予定なんだよ……俺の中では……
どんだけ虚勢を張ろうと現実は焦りばかりが募って行く。
どうしてあの子にだけ俺は駄目なんだ?
毎日学園帰りの馬車の中で頭を抱えている。
もういい加減腹を括らなければ。
ただひとことデートに誘うだけでいいんだよ。
今それを言う権利は俺だけがもっているんだから!
─ジャッキー─
2週間前のランチの時間、妙なくしゃみをした彼に思わず吹き出してしまった。
この間まで平民だった女など下品だ、そう思ってくれて構わない。
私は礼儀を知らない事を素直に詫び、そのまま貴族でもない自分は彼に相応しくないと言ってお付き合いを終わらせようと思った。
これなら丸く収まる。
きっと同意してくれるものだと思っていた。
ところが彼は私を咎める事は無かった。
それどころか私に自分の愛称呼びを許し、あっという間にお付き合いは継続となった。
それから毎日私は彼とランチを共にし、彼はそれを放課後図書館で悪友2人に報告すると言うのがお決まりの流れになっていた。
そしてその報告を図らずも書庫で聞くことになる私。
そしてその度首をひねってしまうのはいつものことだった。
何故なら図書館の片隅で語られるそれらすべては私が全く覚えのない会話ばかりだったから。
私は名前を呼べとせがんだこともなければ、カフェに行く約束など交わしていないし、肩に手を回された事もない。
もちろん準男爵令嬢が伯爵令息を呼び捨てなどとんでもない。
実際の私達のランチの時間といえば、学園での授業のことや、私が読んでいる本の事なんかを、ほそぼそと話し合うだけ。
彼は余程話題に困っているのか、彼は私が挙げた本は必ず読んで来る。
だけどポツリポツリと感想を言い合う程度。
それはおそろしく地味な時間で、毎日彼が律儀に現れる事が不思議なほどだった。
でも別に私はわざとそっけなくしている訳ではないし、地味な会話は性分に合っているといってもいい。
そんな私をわざわざ罰ゲームの相手に選んだのはあちらの方だ。
──あんな地味令嬢楽しませることが出来るのか?──
デパージ子爵令息言った言葉は正しく、それを当たり前だろと威勢よく啖呵を切った彼は、今更退くことなどきっと出来ないのだ。
それは伯爵令息の見栄なのか、数えきれない浮き名を流す彼らの矜恃なのか。
(作り話くらい別に構わないわ。陰で勝手に言っているだけだもの。)
こんな作り話で彼の気が済むというのなら安いものだ。
(じゃあそろそろ、ごっこも終わりかしらね。)
2週間も続いたのだもの。もういいはず。
そう考えていた私は次のランチの時間に自分はおそろしく楽観的だったと思い知る事になる。
げに恐ろしきは貴族の見栄。
少し考えればわかる事だった。
こんなすぐわかる嘘を貴族が放置するわけがない。
まさかの本当にデートに誘われて、私はひっくり返りそうになったのだった。




