キャルは突然の風に吹かれる
おい?
今何が起きた?
じゃっきしょんって俺が言ったのか?
なんだか柔らかい風が吹いたと思ったんだ。
そうしたら次の瞬間、盛大にくしゃみをしていた。
しかも最悪なタイミングで。
待ちに待ったあの子とのランチの時間。
図書館の中庭に早く着きすぎてあの子はまだ来てなかった。
しばらくするとあの子が来て隣に座る。
かつてない近い距離がくすぐったかった。
「ボク達って付き合ってるっていうことでいいんだよね。」
この台詞がもう格好悪い。
こんなのはいつも言われている側だったと言うのに、格好悪いことはわかっていながら、言わずにはいられなかった。
確かに夢じゃないって、早く君の口から聞いて安心したい。
「ええ。」
あの子の返事に飛び上がりたくなった。
やっぱり夢じゃない!
俺には今日必ずやると決めていた事がある。
それはあの子を愛称で呼ぶ許可をもらうこと。
バールとニックに差をつけたかった。
前の失敗を活かして、家で何度も愛称を呼ぶ練習をした。
だけど、本人を前にすると緊張する。
でも今言わなければ。
勇気を出した。はずだった。
その結果がどうだ?ジャっきしょんだ。
何でこうなった。
大失態だというのにいつもの様にうまく取り繕えない。
思わず呆然としてしまう。
あの子がどんな顔をしているのか、怖くて見る事ができない。
「ふっ」
ふ?
咄嗟に声の方を見やる。
あの子が顔を伏せ、震えて……?
「ん……コホコホ……申し訳……ふっふふ!」
プルプル震えながら咳き込んでいる。
と思ったらあの子はパッと顔を上げた。
「もう駄目!あはは!ふふ!!」
思わず息が止まった。
あの子が笑っている
俺の隣で
まるで可憐な花の蕾が開いたように
「……んふふっ………ふ…」
惚けたように見つめていると、あの子は口を両手で覆い一息ついた。
そして静かな瞳がしっかり俺の視線をとらえる。
見つめ合っている事実に顔が熱を持ち始めた。
「失礼致しました、サナリス伯爵令息。ただ私は人前でこんなはしたない笑い方をするような、この間まで平民だった、しがない準男爵令嬢です。伯爵令息には相応しくないと、その様に思います。ですので……」
「俺のこともキャルと呼んでくれないか!」
あの子が醸す不穏な空気に、一気に顔の熱も冷える。
気がつけば話を遮るように大きな声を出していた。
思わず口から出たのは昨日から言おうと用意していた言葉だ。
唐突な俺の大声に目を丸くしているあの子に、血の気が引いていく。
違う
違う
そうじゃないんだ
「いや、大きい声を出してすまない。でも君が準男爵な事はわかっていて交際を申し込んだんだ。俺は笑い方なんか気にしない。」
だからお願いだ。
「俺を、キャルと呼んではくれないかい?」
まるで懇願するような台詞を吐いてしまう。
ああくそ……
こんなはずじゃなかった。
でもその先を言わないでいてくれるなら何でもいい。
沈黙が落ちた。
一瞬とも永遠とも思える時間がすぎる。
何か言わないと、そう思うのに何も言葉は出てこない。
あの子が大きく見開いていた目をふっと緩めた。
息を呑む。
「ありがとうございます。キャル様。」
あの子はそう言って今度は花が綻ぶ様に笑った。




