第二十五話 結婚
反乱軍鎮圧後、アーネントとエーゴンは反乱を防げなかった罪で減封を言い渡され、ガナン盆地一帯はルークが治める事となった。
バンジェロは療養を終えてレオに臣下の礼を取り、ルークの補佐として領地運営を支える事となり、
アリアは財務長官補佐の任から外され、ガナン盆地に移住、ルークを中心とした新たな組織作りに邁進する。
エストリヤとステラも反乱軍鎮圧後、再びこの地に戻っており穏やかな日常を満喫していた。
「いいですか、あなた達が仕えるルーク様はレオ陛下の覚えもめでたく最側近の一人でありながら、このガナン地方を一任されるほどの御方なのです。その御方に仕える者として求められる最低限も相応に高くなりますよ! まずは礼儀作法について――」
アリアは若者達を屋敷に集め、講義を開くのが日課となっており、いきなり地方領主となり仕事が山積しているルークの負担を、少しでも減らせるように人材育成に力を入れている。
(アリアって意外と鈍感なのか......? あいつら絶対話の内容覚えてないぞ?)
受講する生徒は様々で、真剣に話を聞く者もいるが大半はアリアの美貌に鼻の下を伸ばす生徒しかいなかった。
部屋の外で見ていたルークに気付くと、アリアは手招きをして部屋に呼ぶ。
「優秀な皆さんの姿を見ようと、ルーク様が来てくださいましたよ! ルーク様、ご挨拶をお願いします!」
「え~っと、知ってる人もいると思うけど、領主のルークフェルトです。皆さんが活躍する日を楽しみにしてるので、是非頑張ってください」
生徒たちから笑顔が消え、アリアから熱い視線を受けるルークに歯ぎしりする者も現れる。
「うるせぇぞ領主様! 俺達はアリアちゃんの話が聞きてぇんだ!」
「アリアちゃんは皆のものだぁ! 独り占めするなぁ!」
ガナンの女は逞しく、日々農作業に従事しているため精神的にも肉体的にも強い女性が殆どだった。
可憐で清楚、白くきめ細やかな肌と細い身体を持つアリアは対照的で、瞬く間に男性人気を獲得していった。
「反乱軍と戦ってた時より嫌われてんじゃな~い? 領主様になってもフィアンセ君が慕われる事は無さそうだねぇ」
いつの間にかエストリヤが背後に立っていた。
反乱軍との戦いの後、盗賊神をより鍛えていたらしく、以前より気配を掴むのが難しくなっている。
「「「エストリヤ様! 俺と結婚してください!」」」
「いや~マジ勘弁、アタイそういうの興味ないから」
「「「そういう所も素敵です! エストリヤ様!」」」
魔性の女といった所なのだろう、エストリヤの掴みどころの無い所に脳をやられる若者も多く、ガナン地方ではアリア派とエストリヤ派の二大勢力が存在していた。
「じゃあ、俺はちょっと大砦の方まで行ってくるよ。少しの間留守番を頼む」
雪解けまで戻る事ができないオルディア軍は大砦を仮の本拠として利用していた。
「陛下、只今参上しました。本日はどのような用向きでしょうか?」
「来たか、実は聞いておきたい事があってな」
「?」
「お前、アリア嬢にどこまで手をつけた?」
突然の問いに思わず吹き出す。
「ご質問の意図が分かりかねますが......」
「そのままの意味だ。まだ式は挙げていないとはいえ、あれだけ仲睦まじいのだからそれなりじゃないのか?」
「実は......」
俺はこれまでの事をありのまま話す。振り返ってみれば、いつも自分の都合に振り回してばかりで、あまり構ってやれてなかったな。て、あれ? この前エストリヤに注意されたばかりなのに、結局変われてないのか?
「この前がファーストキス!? もしかしてお前......女に興味ないのか?」
「あるわ! 誰かさんのせいで落ち着けなかったんだよ!」
「まぁそれはともかく、俺の右腕ともなる男が身を固めてないとは由々しき事態だな。
よし、丁度良い頃合いだ。お前達の式を執り行ってやる。どうせやるなら盛大に祝うぞ」
こうして、ルークとアリアの結婚式が計画される事になった。
レオは早速主だった者を集めて作戦会議を始める。
周辺の警護はアーネントとブレイブが、設備の準備はエーゴンが担当し、さながら国家プロジェクトのような様子だった。
本人以上に張り切るレオに程々に調子を合わせつつ、屋敷へと戻る。
(いきなりこんな事になるなんて思わなかったけど、遅かれ早かれこうなる予定だったんだから丁度良かったかな)
「あ、お帰りなさいルーク様! 今日はずいぶんと早かったんですね?」
「まぁ、色々あってね。そうだ、ちょっと話したい事があるんだけど良いかな?」
いざ本人を目の前にすると、結婚しようのたった一言が何よりも重く感じる。
口を動かす事にこれほどの労力がいるのか、ルークは焦る心を必死に抑える。
「アリア、今まで沢山待たせてごめん......俺と結婚してくれないか」
「え......」
「......ほ、ほら! 元々父上達が決めてたタイミングから半年もずれ込んじゃったしさ!
それに、レオからもいい加減結婚したらどうだ―なんて茶々入れられちゃって、領主にもなって嫁がいないっていうのも恰好つかないっていうか!」
前世の頃も合わせたら数十年もこういう甘酸っぱい恋愛をしてこなかったルークには、
この空気感に恥ずかしさがいっぱいになり言い訳をひたすら並べ立てて何とかお茶を濁そうとするが、
アリアは徐々に俯き、拳を握りしめていた。
「私......お断りさせていただきます。
どうか、他の人と幸せになってください......ルーク様なんて大嫌いです!」
アリアは涙を浮かべて走り去る。ルークはただその場で立ち竦んでいた。
「お前......まじで何してんの?」
「え、エストリヤ!? いつからいたんだよ!?」
「うーん......お帰りなさいルーク様! の所から?」
「最初からじゃねぇか。というか、俺のした事がどうしたって言うんだよ」
エストリヤは深くため息をつく。まるで、これだからこの男は......とでも言いたげなような顔で。
「好きな人から愛の告白をされたと思ったら間髪入れずに、周りに急かされたし、立場もあるから結婚してやるか~みたいな言い訳並べ立ててんだよ~?
ま~じでお前なにやってんのさ、アリアちゃんがどれだけ好きだったか理解してたの?
こっちは毎日、あんたと結婚した時の妄想聞かされまくって、このバカップルにちょっとした不幸が来ないかなぁなんて思ってたぐらいには愛してたのに......ほんと、あんたって奴はさぁ」
(そんなに真剣だったなんて......それに比べて俺は......)
「ごめんエストリヤ、俺、間違ってたよ」
「謝る相手間違ってんじゃない? 早く行きなよ」
それから数時間、俺は色んな所を探した。
屋敷にも大砦にもアリアの姿は無く、誰も見ていないと言っていた。
自分の照れ隠しのせいで深く傷つけてしまった。このまま終わりにしたくない、俺にはアリアが必要なんだ。この想いをちゃんと言葉にしよう、そして謝りたい。心からこの気持ちを伝えなくちゃいけないんだ。
ルークがアリアを見つけた時には夕暮れになっていた。
小高い丘の上で夕日に照らされながら遠くを見つめるアリアの姿がそこにはあった。
「アリア......ここにいたんだね」
「ルーク様、どうしてここに......もう、私に構わなくていいですから。放っておいてください」
「違うんだ! 恥ずかしかった、君に気持ちを伝える勇気が俺には無かったんだ!」
(言おう、言うんだ、言わなきゃいけない。正直に、この想いを伝えるんだ)
「俺には、どうしても君がいてくれなくちゃ駄目なんだ。
どんな時でも側で明るくいてくれる君にどれだけ俺の心が救われてきたか、君の優しさにどれだけ頼ってきたか。もう俺の人生に君の存在がいないなんてありえないんだ!
誰かに言われたからとか、立場がどうとか、そんなのただの言い訳で本当はどうだっていい!
心から君を愛してる、死ぬまで俺の側にいてほしい。俺と、結婚してください」
「......幼少の頃から、ルーク様はこういう見晴らしの良い丘に来るのが好きで、よく連れてこられました。
気付いたら私、ルーク様の好きな所に来ちゃってて、あんなに啖呵切ってお別れしたはずなのにおかしいですよね」
泣きじゃくるアリアを優しく抱きしめる。
「ごめん、これからも俺の側にいてほしい」
「ずっといます......死んでからもずっと、あなたの側を永遠に離れません......!」
その後、レオ主導の結婚式が行われ、ガナン地方の領民も総出で集まる大規模なものとなった。
それは最早結婚式というよりお祭りのようで、レオは領民と交じって呑んだ量を競いあうなど無礼講となっていた。
ついでに保留となっていた超討試合も行われ、ルークがアーネントに見事勝利し、名実ともに一人前の男となっていた。
――その日の夜、ルークとアリアの寝所にて
「なんだか、緊張しますね」
「......うん」
「改めてよろしくお願いしますね、あなた」
「こちらこそ」
二人は熱く口づけを交わし、ベッドの上に倒れ込む。
満月の光が眩しいほど降り注ぎ、赤らめたアリアの顔が明るみになる。
潤んだ瞳に張りのある唇、はだけかけた胸元がルークの情欲を煽る。
「優しく......お願いしますね」
「あぁ......」
――ルーク邸一階のダイニングルーム
「リナさん、このお茶菓子めっちゃ美味いんだけど! もっとちょーだい!」
「いけませんわエストリヤ様、淑女たるもの小食であるべきです」
「アタイ淑女じゃないから関係ないもーん!」
姉妹とメイド達はダイニングルームで談笑をしていた。
そろそろ年末も近いという事で互いに一年を労うお茶会をしていたのだ。
「ねぇお姉ちゃん、そろそろ寝る時間だけどまだ寝ないの?」
「今日は駄目だよぉ、夫婦の大事な日だからねぇ。ステラも大人になったら分かるよ」
「?」
夫婦水入らずの時間は誰にも侵されるべきではない、エストリヤは自分が手に入れられなかった幸せに満ちた二人を心から祝福していた。
「それにしても、ずっと見守ってきたルーク様がこんなに立派になるなんて、リナは感動です」
「それを言うなら、アリア様も負けておりませんよ。あそこまで成長なさるなんて、セナは嬉しゅうございますよ」
「どっちかというと成長したのは胸と尻だけな気がするんだけど......」
「エストリヤ様? 何か仰いましたか?」
「いや!? 何も言ってませんよー!?」
深夜のお茶会はますます盛り上がりを見せ終わる気配が無い。
この満月のような一時が全員を包み込む。
「終わり良ければ総て良しって所かな。良かったねアリアちゃん、アタイの分まで幸せに生きてね」




