第二十四話 誰がために戦うのか
ガナン第一大砦はガナン盆地最大規模の大きさを誇る城塞であり、背後を山脈に守られた難攻不落の堅城として知られている。
オルディア軍は当初、強攻策を採用していたが、砦の縄張りや想定被害人数から包囲戦へ変更。
エーゴン主導の下で物資の供給網を形成した事で最大6週間の包囲を可能とした。
1万を超えていた反乱軍もオルディア軍の猛攻に抗えず、次々と降伏した結果、現在は1千ほどの兵力しか残ってはいなかった。
「陛下の飴と鞭作戦が見事に功を奏したようですな! 最早敵は風前の灯火でございます、このまま攻めたとしても大した被害も無く陥落させられましょうぞ!」
「逸るなアーネント、ゆっくりと追い詰めて城兵が疲弊するのを待て。いずれは必ず我らに降伏を申し入れてくる」
レオはガナン第一大砦を包囲する前に飴と鞭作戦を決行していた。
これは、降伏すれば反乱の罪は消え、抵抗すれば皆殺しというもので、これまでに5つの砦が全滅しており、戦死者は2千人となっていた。
大砦内の兵士の中にはこの話を聞いて降伏する者も現れており、日を追うごとに反乱軍は弱体化していたのである。
「陛下、これ以上の犠牲は許容できません。反乱軍と言えど本来我らが守るべき領民です。
さらに犠牲者を増やすとなれば大きな禍根を残す事になり、統治はより一層困難になります」
「ふっ、相変わらず甘い事を言いおって。だが心配するな、最早敵に勝ち目が無いのは明白だ。
そんな状況でわざわざ無駄な血を流す必要もない。ルークよ、最後の一押しは任せたぞ」
ルークは大砦を包囲した初日から6回ほど降伏勧告の使者として出向いており、4日目の今日で7回目となる。
番兵に用向きを伝えて大砦内に入る。初日の頃と比べて明らかに戦意は低く、満足に食事が出来ていないであろう人々も道端に横になっていた。
「よぐ来てくれたなぁルークフェルト殿。毎度毎度、ご苦労様なこったで」
「あはは、これも仕事ですから。ところで、今回は朗報を持ってきましたよ。
陛下より、ガナン盆地のみ徴収する税を20パーセントにすると。
その代わり、普請などで必要な人夫の数は他の地域よりも多くするとの事です」
「ここの若い衆は体力自慢ばかりだかんな。その程度なら大した苦にもなんねぇべや」
「では、この条件で降伏を受け入れてくれますか?」
「あぁ良いよぉ、おらは皆が困ってっから助けてやりたかっただけなんだぁ。
しなくていい喧嘩をする理由なんてどこにもありゃあせんべ」
6度の会合を経て、ルークの中でバンジェロの人物像というのが出来上がっていた。
理知的な平和主義者という、とても戦争を主導するような人物ではなかった。
ルークは興味本位で質問をぶつける。
「バンジェロ殿は、戦争がお嫌いなのですか? 今回の戦も何だか嫌々しているような気がしていたのですが」
「んん? あぁ嫌いだよ。戦争は何もかも全部奪っちまう。今回だって、皆には落ち着けって言ったけんど全く聞く耳持ってくんなくてなぁ。どんどん流されてこの有様ってわけよ」
笑いながら今回の反乱の経緯を語るバンジェロの言葉に恨みは混じっていなかった。
流されてしまう自分の不甲斐なさを嘆きながらも、誰かの役に立てる事を心から喜んでいるようだった。
「バンジェロ殿、実は大事なお話があります。
オルディア陛下の臣下として共に働いてくれませんか? あなたのような方が仲間になってくれれば大変心強い。それに、私は新参者なので、この地の人々との関わり方などを教えてくれる先輩が欲しいのです」
「若獅子の部下かぁ......そりゃあお断りだなぁ。あの人とおらは絶対に合わん。どこかで別れんのは目に見える。だけど、おめさんの部下って事ならなってやってもいいど?」
「え? 私の部下に?」
バンジェロの提案に困惑するルーク、村一つすらまともに治められていない若者の部下になろうと言うのだから無理もない。
「おめさんとは上手くやっていけそうだよ。降伏したらおめさんの臣下になるように若獅子に伝えてくんな」
「わ、分かりました! バンジェロさんが部下になってくれたらこれほど心強い存在はいません!
じゃあ、降伏を受け入れるという事で早速陛下にお伝えしてきますね!」
ルークは応接間から飛び出し本陣へ急いで戻る。7回に及ぶ交渉を経て、10パーセントの減税と年に数回の普請の負担が増える程度の条件を引き出したのだから、今回は実質的にバンジェロの勝ちと言っても過言ではない。
「さてと......皆は納得してくれっかなぁ」
――ガナン第一大砦の広場
「皆聞いてくれぇ! 今回の協議の結果、敵は20パーセントの税負担と普請の負担を多少増やす程度にしてくれた! 普請つってもそう何回もあるもんじゃ無くて年に何回かのもんだで大した負担にゃなりゃしねぇ! おらはこの条件なら降伏しても良いと思ってる! 皆の意見はどうだぁ!」
広場は静寂が広がっていた。食料が底を尽きつつある現状で、これ以上抵抗を続けても良い結果は訪れない。だが、税負担が3倍から2倍になる程度で20パーセントの暮らしがどうなるのか誰も想像できないでいた。
「お......俺達は! 増税に反対してるんだ! 30パーセントが20パーセントになっても結局は増税だ!
俺達の暮らしは今より絶対貧しくなる! そんなのごめんだ!」
「そ、そうだ! オルディアの圧政には絶対屈しないぞ! 最後まで戦い抜くんだ!
バンジェロさんがいるんだから負ける訳ねぇ!」
「「「抗戦だ! 抗戦だ! 抗戦だ! 抗戦だ!」」」
(どうして......勝てないのは皆分かってんでねぇのか......おらだって万能じゃねぇ、もうこの戦いは......)
「ごめんな、ルークフェルト殿......。
おめさんらの気持ちはよぉ~ぐ分がった! おらだづの暮らしは変えさせねぇ! 最後まで抵抗してやんべ!」
――ガナン第一大砦前、オルディア軍本陣
「そうか、バンジェロは降伏するか! よくぞやってくれたルーク! お前こそ勲功第一だ!」
「まだ終わってませんよ陛下、これから砦内の領民に十分な食事を与えてケアしてあげないといけないんですから」
「にやけながら注意する奴がいるか! 長い間ご苦労だったな、後の事は我々に任せてゆっくり休め」
反乱軍の完全降伏はオルディア軍全体に知れ渡る。
勝利に浮かれる兵士たちの中には肩を組んで歌う者や酒を酌み交わす者も現れていた。
「ははっ、まだ完全に終わったわけじゃないのに皆浮かれてんな」
「まぁまぁ良いじゃないですか。自国の民を相手に戦って、皆ストレスが溜まってたんです。
それがやっと終わるのだからこのぐらいは大目に見てあげましょう」
「あぁ、そうだな」
ルークはアリアと共に自陣に戻る道中、これまでの事を話していた。
激動の1年が終わりを迎えようとしている。レオとの出会いから始まったこの1年は決して忘れられるものではないだろう。
大陸統一を目指す以上、この先も戦い続けなくてはいけない事は分かっていた。
それでもルークは、ようやく訪れようとしている一時の平穏を心待ちにしていた。
「そうだルーク様? ちょっとお耳に入れたい事があるので、顔を近づけていただけませんか?」
「珍しいね、アリアがこそこそ話なんて。どうしたの?」
ルークが顔を近づけるとアリアはルークの後頭部に手を回し口づけをした。
ほのかに香る花の匂いと柔らかな唇がルークの五感を支配する。
「本当は......もっと早くこういう事をしたかったのですけど、タイミングに恵まれなかったせいで今になってしまいました......色々我慢しすぎてて、今こうしておかないとおかしくなりそうだったんです」
「アリア......」
ルークはアリアの腰に手を回し引き寄せ、柔らかく弾力のある唇を押しのけて舌先を絡ませる。
男性経験の無かったアリアにとって、ファーストキス以上により深く激しい刺激が脳神経を震わせる。
恍惚とした表情を浮かべ、意識に霧がかかる中で、足の力が抜けそうになりながら必死にルークにしがみついていた。
しかし、視線の先で兵士達が自分の方を見ている事に気付き慌てて我に返る。
「だ、駄目です......! これ以上はもう、我慢できなくなってしまいます!
続きは、全てが終わってからにしましょう......?」
「ごめん! 俺もつい流れで......もう少しだけ待っててね。あと少しで本当に全部終わるから」
その時、背後から爆発音が聞こえる。
ルークとアリアは大急ぎで現場までかけつける
「状況はどうなってる!? 被害の規模は!?」
「現在確認中です! 目下、全員で消化活動に当たっている最中であります!」
「事故の発生元は分かっているのか!?」
「恐らく、火薬庫で引火したものかと......」
「なんだと!? あそこは火の持ち込みは厳禁のはずだ! 誰がそんな事をした!」
「そこも含め調査中です!」
現場は騒然としていた。不幸中の幸いか本陣にまで被害は及んでおらずレオは無傷で済んだが、
火薬が全て使えなくなった事で被害額は相当なものとなり、財政を僅かに逼迫させる事となった。
その後、爆発の原因を調査すると以下の事実が明らかになった。
・事故発生現場は火薬置き場
・死傷者1,450人
・被害総額7000万G
特記事項:火薬庫付近の死体から、反乱軍の鎧を発見
「バンジェロの降伏は嘘偽り、偽の情報で我らを安心させた隙を突いて火薬庫を爆破し、あわよくばその爆発に俺を巻き込もうとしたのは間違いない。
最早奴らに与える慈悲も無し、バンジェロ以下、砦内にいる者は女子供とて皆殺しとせよ」
「陛下のお命を下劣な手段で狙うなど見下げ果てた者共だ! このブレイブが全て切り伏せてくれましょう!」
「いやぁしかし、女子供までと言うのは流石にどうかと思いますがなぁ。そこまで苛烈にする必要も無いのでは......?」
レオはエーゴンに睨みを効かせる。フェイクにまんまと踊らされた事はレオにとって屈辱でしかなかった。その怒りは虐殺をもって鎮めるしかなくなっていた。
「お待ちください陛下! もう一度、私を使者として送ってください!」
「ならん、奴らは話し合いになど応じん。これより力攻めとする」
「これ以上の戦いは無駄だと言っているのです! 私が必ずバンジェロを止めます!」
ルークの提案に諸将がざわつく。怒りに満ちたレオに意見する事は死を意味する。
それは最近のレオを知る者にとっては常識だった。
(あいつ、陛下の側近とはいえ出過ぎてないか?)
(これ以上陛下を怒らせてどうするんだ......お気に入りだから処断されないと思ったら大間違いだぞ)
「ルーク、貴様は先ほど失敗したな。挙句これほどの犠牲を出しておいてよくも言えたものだ」
「お叱りならどうぞ後でいくらでも。ですが、今はそんな事をしている場合ではありません」
「バンジェロの姑息な策のせいで、我らは相当な火薬を失ったのだぞ。奴ら全ての命でも償いきれん」
「金で買えるものは時間をかければ元に戻ります。ですが、領民からの信頼は金で買えません」
「我らの沽券に関わると言っているのだ! それが分からないか!」
「その程度で傷がつく品位ならば無いも同然! 王が民を疎んじ、民が王を疎んじる国に未来などない! もう一度、交渉に行ってきます。絶対にこれ以上に被害は出させません!」
ルークは本陣を飛び出し大砦に向かう。
道中、襲い来る民兵を気絶させつつ、バンジェロがいるであろう応接間に急ぐ。
「バンジェロ殿!」
ルークが扉を開けるとバンジェロが待っていた。その顔には悲しさと諦めが混じっていた。
「すまねぇな、おらじゃ皆を止められなかった。どうか頼む、この首一つで皆を助けてくれねぇか」
バンジェロは頭を垂れて首を差し出す。全てを諦めたその態度はルークにとって耐えがたいものだった。
「ふざけるな! お前の首一つで収まる戦いだったらここまで暴走なんてしない!
お前はただ自分の役目から逃げているだけだ! 死んで責任取ろうだなんて思うなよ、そんなのは残された人間にとってはただの責任逃れでしかない!」
胸ぐらを掴み激しく叱責する。ルークはレオとバンジェロに前世の自分を重ねていた。
保身と結果だけを追い求め他者を顧みない自分と、挑戦する事を諦めて死に逃げた自分。
ルークは二人に同じ道を歩ませたくはなかった。その思いだけがルークを動かしていた。
「もう一度領民を説得しろ、今度は俺も一緒に行く。お前も領民も生かす、誰かが死ねば全て収まるなんてまっぴらだ!」
ルークはバンジェロを連れて広場へ向かう。領民達はバンジェロの姿を見る為、続々と広場に集まった。
「なぁ、なんで敵の軍師なんかがバンジェロ様と一緒にいるんだ......?」
「バンジェロ様に何かしてみろ! 俺達が殺してやるぞ!」
領民達の非難の声は止まない。どこまで行ってもバンジェロの事しか頭にない領民の狂気に恐怖すら覚えていた。
「さっきは叱ってくれてあんがとな。おらの言葉で話すよ」
「頑張れよ」
バンジェロはルークに笑いかけ、民衆に語りかける。
「皆聞いてくれ! この戦いはおらだづの負けだ! もうこれ以上は戦えねぇ、ここらで止めにして、さっきの条件で降伏しよう! 皆が勝ち取った降伏条件だ! もう充分じゃねぇか!」
「結局増税なのには変わりないだろ!」
「今までの暮らしを壊されてたまるか!」
「......だまらっしゃいや!! いつまでぬるま湯に浸かり続ける気でいんじゃお前らは!!」
バンジェロの怒声に民衆は静まり返る。
「もう今までのように暮らすなんて無理な世の中になっとるんじゃ! なしてそれが分かんねぇ!?
ガキの我儘みてぇにいつまでも文句ばっか垂れ腐りおって!
右を見ぃ! 左を見ぃ! お前らの子供が、お前らの女房が飢えて苦しんどんのが分からんか!?
もうこの戦いに意味なんてないんじゃ! おらだづは10パーセント増税された程度じゃビクともしねぇぐらい豊かな土地で暮らしとる! それはおらがもう計算しとる! もう良いじゃろ? これ以上、命を無駄にせんでくれ......」
領民から反対の声が上がる事は無かった。
皆、心のどこかで分かっていたのだろう。それでもバンジェロなら何とかしてくれるという希望に縋って現実から目を背けていたのだ。
ガナン第一大砦降伏。城将バンジェロ含む1千の反乱軍は全員助命という非常に寛大な措置が取られた。
――ガナン第一大砦屋上
「此度の反乱軍鎮圧、大儀であった。褒美としてガナン盆地一帯はお前の所領として加増する」
「光栄にございます」
「......お前な、今は二人だけなのだからその堅苦しいのはやめたらどうだ?」
「え?」
レオは呆れた目でこちらを見る。まるで融通の利かない頑固者を見ているような目だ。
「まぁ良い、お前が尽力してくれたお陰で領民を無駄に殺さずに済んだ。感謝している」
「レオの英断だよ。あそこで俺を行かせてくれたから今の結果がある」
「......そうか、なぁルーク、今から言う事は決して誰にも言わないでくれ」
レオの表情が曇り出す。今まで一度もこんな重い空気をルークは感じた事は無かった。
「俺は8歳の頃に親を奪われ、国を奪われ、明日を生きられるかも分からないまま生きてきた。
その時に誓ったのだ、俺を追い落とした全ての者に復讐をすると。
そして今、俺は小国ながら王となり、そいつらに復讐するだけの下準備を整えつつある。
だが、時に自分を見失いそうになるのだ。連合との戦いの時も、今回の反乱軍も、全員元を正せばオルディアの民のはずだ。連合を決めたのも誰をどこに配属するかもオルディアが決めた。
ならばその恩恵も、全てはオルディアが与えたものだ。
目の前の事だけを考えて生きられるようにしたのは誰かを皆忘れている、そう思うと全てが憎くて仕方ないのだ。いつか、俺が世界を統一しても、それが当たり前として風化されるのが怖い。
臣下にしても、俺に追従するばかりで同じ目線で物事を見ていない連中に反吐が出る。
教えてくれルーク、目の前の事しか考えられない民を憎む俺に王の資格はないのか? 戦争の無い世界を恐れる俺に平和を築く事はできないのか?
頼む、お前しか俺の隣に立ってくれないんだ。教えてくれルーク」
レオは声を震わせて弱音を吐く。こんなに弱気なレオは今まで見た事がなかった。
「俺はお前ほどの地位になった事がないから本当の意味で理解はできない。
だけど、上に立つ人間はいつだって孤独だ。むしろ孤独になれない人間に上に立つことはできない。
孤独じゃない他人を恨み憎む気持ちは理解できる。ただ、それはお前がちゃんと皆のリーダーとして頑張ってる証だよ。
お前が道を間違えそうになったり、壊れそうな時はいつでも俺が支えてやる。
なんたって、俺はお前の右腕だし友達だからな」
「そうか......ついでに義弟でもあったな」
「え! まだその設定生きてんの!? もう立場バレてるんだから今さら関係ないだろ!」
雪の降り始める季節、二人の若者が談笑する。
そこには冷たい空気を溶かすような暖かな空間で包まれていた。
反乱軍との戦いはこれでおしまいです。
怒涛の展開続きで読んでて忙しかったと思いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです




