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「……あっ…」
大人の男の力強い腕に拘束され、ヘルメスはなすすべもなく寝台に倒される。
見開かれた瞳に、アポロンが優しく笑って見せた。
「…恐いか?」
心の襞を読み取られて、ヘルメスは視線を背けた。
確かに恐い。自分がどうにかなりそうなよく判らぬ衝動が湧き上がる。
恥ずかしくて、苦しくて、泣いてしまいたいほどなのに、こうしてアポロンの腕に抱かれていると、このままずっと居たいとすら思える。
暖かな手に、身体に掛かる重みに、彼の存在を強く感じてしまう。
「…お前が何を誤解しているかは知らないが」
アポロンは、横に向けられた頬を辿って、耳に唇を寄せる。
「私は、ずっとお前を抱きたいと思っていた」
心の中でアテナに詫びながら、理性の最後の壁は簡単に崩された。
「………!だって…!」
「…判らないか?」
アポロンは意図的に自分の腰をヘルメスの足に押し当てた。
その熱の意味を読み取り、少年の肩がびくんと震える。
「必死で押さえつけて来たのだが、解き放たれてしまったな。他ならぬお前の手で」
刻み込むように囁いてやると、頬に朱が散り、ぎゅっと瞳が閉ざされた。
「あんな風に私を誘うなんて」
「…や、だ…言わないで…」
「とても淫らで…興奮させられた」
ふるふると振られる首筋にキスすると、ヘルメスの動きが一瞬止まった。
その隙に顎を捉えると、強引に自分の方を向かせる。僅かに開いていた可憐な唇を舐め取るように一気に口づけた。
「…ん、ん、ん…っ」
初めて知る深い接吻にヘルメスの吐息が漏れる。それが熱っぽいものに変わるのに、さしたる時間は掛からなかった。
何度も口内をなぞり震える舌を味わい、アポロンは少年の唇を蹂躙する。絡み合う唾液さえ甘くて、クチュクチュと蕩けるような音を立てて掻き回した。
快楽と息苦しさの狭間で、ヘルメスの頭が霞んで来た頃にようやく解放され、間近にあるアポロンの瞳をぼんやりと見つめる。
「…ヘルメス、私が欲しいか?」
囁くような問い掛けに、翠の瞳が大きく揺れる。
「お前が、身も心も全て私に捧げてくれるのならば、代わりに私を全部お前にやろう。永遠に」
「え……」
経験のない彼にだって判る。それは愛の誓いの言葉。
「…永遠は長いでしょう」
「判っている」
「浮気、とかしたらどうするんですか…?」
「許せるまで罰する。お前も、気が済むまで私を罰したらいい」
「…そんなヘラ様みたいなこと…」
「厭か?」
判らない、嬉しいのか苦しいのか、自分の頬に伝う涙の意味さえも。
だけどどうしようもなく幸せで、その背にしっかりと腕を回した。
「…捧げます。全部捧げますから…アポロン様を…」
再び重ねられた唇に、ヘルメスの意識は白く溶けて行った。
「……ああ」
瞳を開いて自分の手を掲げて見る。いつもの、指先。
身体はぐったりと重く、昨夜の余韻を色濃く残していた。
溜め息を一つ吐き、隣の青年に呼び掛ける。
「…アポロン」
「記憶が戻ったか」
さして驚いた表情も見せず、アポロンは伸ばした手でヘルメスの砂色の髪を梳いた。
「…うん。どうも、そうみたいだね」
「昨日までのことは覚えているか?」
笑いながらそう聞かれて、ヘルメスはふいっと視線をずらした。
「……。まぁ、君がいたいけな少年の僕に色々してくれたことは」
「いや、全くいたいけではなかったぞ」
アポロンは青い目を細めた。
「お前のあの瞳に、私は堕された。絶対触れまいと決意していたのに」
「君にしては随分我慢強かったね」
あえて軽くチャカすように言うと、アポロンの唇に優しい笑みが浮ぶ。
「触れたら多分、離せなくなるのが判っていたからな…」
花の蕾のように華奢で、繊細な少年。
その全てを自分の色に染め抜いてしまいたいという誘惑に、どうしても抗え切れなかった。
そんな柔らかな視線に、何かチリチリしたものを感じて、ヘルメスは体を起こした。
「…ゼウス様に報告に行かないと」
呟いて寝台を降りようとした彼を、アポロンの腕が引き止めた。
「このまま去るつもりか?」
「ええと…いや、君には凄く感謝してるよ。心から感謝してる。このお礼はいずれ…」
「身も心も全て、私に捧げると言ったな」
握り締めた手を持ち上げて、アポロンが掌に口付ける。
「や、だって、君の全部を僕にくれるっていうのもどう考えても無理じゃないか。君にはアルテミスもいるし、他に寵愛している女性や美少年を合わせたら、ひー、ふー、みー…」
「姉上は最愛の片割れだ。それはどうしても変わらない。しかし、お前が気になるなら、他の者とは別れてもいい」
「…それ、本気で言ってるの?」
「その代わり、お前も、アフロディーテとの愛人関係は解消するんだな。一度きりの浮気なら、大目に見てやってもいいが」
とんでもないことを言い出す親友に、ヘルメスは思わず瞳を瞬いた。
「君が愛したのは、少年の僕だろう?!」
「本当にそれだけだと思っているとしたら」
アポロンはぐっとその手を引き寄せ、ヘルメスの腰に手を回す。
「それは大きな誤りだ」
「や…離して……」
力なくヘルメスが呟く。
「僕は、君と恋をするつもりはないよ」
ずっと、心の中で繰り返して来た言葉。
「恋なら、もうしている」
あっさりと言い放たれたのは、紛れもない真実。
「お前が、身も心も全て私に捧げてくれるのならば、代わりに私を全部お前にやろう。永遠にな」
耳元に繰り返された、甘美な媚薬のような誓い。
やがて、根負けしたような吐息を零して、ヘルメスが呟く。
「……捧げるよ」
どうも、お疲れ様でした。ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございます!
多分、長さも、掛かった時間も【ギリシャ物語】最長です!
いい加減、連載とかも考えた方がいいですね~。(ただ今、完成後一括投稿)
さて、今回物語を書く前に、私は少々考えました。
…この話に足りないものはなんだろう?と。
表現力とか構成力とか、一昼夜ではどうにもならないものは置いておくとして、
恋愛物として何か決定的に足りないものがある……。
そう、それは”初々しさ”だ!!(変な所に着地)
と、言うわけで、ヘルメス様に記憶喪失になって頂きました。
どうでしょう。少しは初々しい二人が書けたでしょうか。…かなり不安です。
そして、とうとう親友の枠から大きくはみ出し始めた今後の関係はいかに?!
最終章のすきま話は、またムーンライトノベルに投稿予定です。アポロン×少年ヘルメス。なんだかショタっぽいですが、宜しくお願いします。