第三十一章 束の間の追憶
次の日、俺たちは飴細工を見に工房へと赴いた。既に出来上がった飴細工を売る土産屋の隣には、ガラス越しに職人が飴細工を作っている姿を見ることができた。
「凄いわ……」
出来上がって行く、透明感のある金魚の飴に、アイリスは感嘆のため息を吐いた。
「お値段はかかりますが、リクエストも承りますよ」
ガラス戸に張り付いたアイリスを見、店主が駆けてきた。その言葉に、彼女はちらとこちらを見る。財布を握るオリヴィエが、小さく頷いた。
「では、この金魚が欲しいわ。誰のリクエストもないのなら、今作られているもので結構だから」
今朱色の線を引かれた金魚を指差し、アイリスは言った。
「わかりました。丁度店に出そうとしていた物なので、15オーロになります。依頼料はいりません」
「ありがとう」オリヴィエから財布を受け取り、アイリスはその中から数枚の金貨を取りだし、引き換えに差し出された飴を手に取った。「舐めるのが勿体ないわ」
と、はにかんだ。
俺たちも土産屋に並ぶ飴細工をそれぞれ買い、口にする。オリヴィエは鶴、フランシスはアイリスと同じ金魚、マウロはスイカだ。失くなるのは勿体ないが、いつまでも持っていても旅の邪魔になるだけだ。そんな事を考えながら、猫の飴をなめる俺だった。
「あー、共食い!」
と、フランシスが冷やかして来る。ガリガリに齧られた金魚が哀れだ。
「うるさい」
ぼそりと俺は文句を言った。確かに少し罪悪感がある。
こうして飴細工を堪能した俺たちは、馬車で新しい国へと向かう事になった。今度は俺が御者に任命され、背後で地図を広げる音が聞こえてきた。やがて御者席の後ろに垂れる布が捲られ、オリヴィエが顔を出した。
「南の方に宝石や貴金属加工の最大級のギルドがある町があるらしい。ともかく南に進めば見える筈だ」
と、言った。
「了解、隊長」
俺は背を正し、手綱を引いた。目前には草原が広がるばかりで、草が風になびいているのが見える。案外清々しいな。馬の背を見ていると、隼人の時分、幼い頃に乗ったポニーを思い出す。ゆるく丸みを帯びたものだ。尻尾がばさばさと揺れている。ポニーに乗れる牧場に連れて行ってくれた両親にはもう二度と逢うことができない。勿論恋人の絵美にもだ。
わかっている、俺はあの時、完全に死んだのだから。
俺は今、シャルルとしての人生を歩いている。前世とは決して交わる事のない場所で。
そんな考え事をしていたら、遠くに町らしき影が見える。
「おい隊長! 何て言う町だ?」
俺は振り向く事のないまま、耳を後ろに動かした。
「バーオシーの町だ!」オリヴィエの声がする。「尖った屋根が特徴的だ。見えたか?!」
「うーん」俺は目をこらす。見える影は、確かに天を突くような尖り屋根だ。「そうだな、多分」
「そうか?」と、再びオリヴィエが垂れ布から顔を出し、「そうだな。あそこまで御者を頼めるか?」
「大丈夫だ」
俺は答え、馬鞭を振るった。馬がいななき、馬車の速度が早くなった。尖り屋根が近付く。バーオシーの町も近い。
宝石や貴金属加工のギルドか……どんな所なのだろう。





