第三十章 ランタン祭
「どこへ行きましょうか」
無事宿に馬を返し、馬車でローファ国をあとにする。御者席に座ったオリヴィエがいつもの質問をすると、
「近くのターシェ国で作られている飴細工が素晴らしいと聞いたわ」
アイリスは言った。
「では、ターシェ国で良いですか?」
「えぇ」
飴細工か。絵美と行った縁日で飴細工屋を見かけた事がある。鶴や金魚が美しく、二人で見入った事を思い出した。
「飴細工?!」と、フランシスが声を弾ませる。「あの、物凄く細いやつかな」
「少し違うみたい。棒に刺してあるってポワシャオが言っていたわ」
アイリスは答えた。やはり想像していた通りの飴細工だ。
地図を開くと、ターシェ国は西の洞窟の向こうにある小国のようだ。後ろに垂れる布をめくると、既に地面は荒野から草原になっている。ターシェ国が近いのかもしれない。
やがて馬車が止まり、オリヴィエが馬車の中へ顔を覗かせた。
「到着しました。これから城下町に入ります。もう日も傾き始めているので、先に宿屋を手配してもよろしいですか?」
「ええ、大丈夫よ」
アイリスは頷いた。オリヴィエの言葉通り、見れば夕日が馬車の屋根に降り注いでいる。馬車が動き出し、道が石畳に変わった。四方から、人々のざわめきの声が聞こえる。
雑踏の中を潜り抜け、馬車は宿屋の前に停められた。オリヴィエが御者席から下り、宿屋の扉を開いた。
「結構賑わっているみたいだけど……なにかあるのかな?」
垂れ布を捲り上げ、フランシスがひとりごちる。
「ターシェ国は飴細工の他にも有名なお祭りがあるって聞いたわ」アイリスは言う。「紙で作られたランタンに火を点けて飛ばすと聞いたけど……」
ベトナムのランタン祭りみたいなものか。
「宿は大丈夫かぁ?」
と、昼寝をしていたマウロが起き上がり言った。
そんな事をしつつオリヴィエを待っていると、彼は宿屋から出て来、
「宿は大丈夫だ。馬車も馬屋に置いておいて良いそうだ。そうして、どうやら今夜は祭があるらしい」
「参加してみたいわ」
アイリスは馬車から下りた。それに続き、ぞろぞろと俺たちも馬車を下りる。オリヴィエは馬車を馬屋に入れ、馬を繋ぎ、戻ってきた。
「死者を弔う祭らしい。それでも大丈夫ですか?」
「えぇ、亡くなったお祖母様を想うわ」
「わかりました。行きましょう」
祭の行われる場所をついでに聞いてきたのか、オリヴィエは迷いなく俺たちの前を歩いて行く。途中、人混みに紛れそうになったのか、アイリスが俺の手を掴んだ。ドキリと心臓が脈打った。軽く手を動かし、繋ぐようにする。墓穴を掘った。なにをやっているんだ、俺は。
幸い胸の鼓動はアイリスには悟られる事なく、会場に着いた。一人一人ランタンを受け取り、火を灯す。手を離し空を仰ぐと、ぼんやりとしたいくつもの灯りが空に流れて行くのがわかる。美しい光景に、思わず言葉を失った。
「綺麗だね」いつの間にか傍らに来ていたフランシスが呟く。「キミは誰を想った?」
「両親、かな。お前は?」
「ボクはボクを育ててくれた元銃士の使用人がいてね、彼の事を想うようにするよ」
「そうか」
と、俺は返した。そう言えば、船の上でそんな事を聞かされた気がした。
いつまでも眺めていたいが、腹も減る。夕食を食べる為、俺たちは人混みから抜け出した。
大通りに並ぶ食べ物屋から、適当な店を探し、外に出された席に腰かける。すぐに店員があらわれ、注文を取った。
「飴細工の見学は明日にしましょう」
出された紹興酒を飲みながら、アイリスは言った。恐らく今から行っても、店は開いていないだろう。
パクチーを乗せた粥や、米粉で作った麺類──フォーなどが運ばれて来る。取り分け皿を貰い、五人で分けて食べる。フォーも鳥だしがきいて美味しかったが、粥はその上を行く旨さだった。ついでと頼んだ生春巻も、チリソースを付けて食べると絶品だ。皆も満足げな顔をしている。マウロはフォーのスープを飲み干し、嬉しげにため息を吐いた。
「旨かった!」
「ありがとうございます」
マウロの食べっぷりを傍で見ていた店主が頭を下げた。
「宿に戻るか」彼がスープを飲み干すのを見計らって、オリヴィエは席を立ち、「本当に美味しかった。感謝する」
と、料理代とチップを渡した。
「こ、こんなに貰ってもよろしいので?」
余り見たことのない金額に、店主は声を震わせる。
「構わない。これからも旅人にこの味を出し続けて欲しいのを願うだけだ」
オリヴィエは踵を返した。
人の中を掻い潜り、宿へ辿り着く頃には心身共にふらふらとしていた。今日は色々あった日だった。寝台に座ると、すぐに身体を倒した。
「寝る」
それだけ言う事が手一杯で、俺は重い瞼を閉じた。





