第三十二章 バーオシーの町
バーオシーの町は、煉瓦造りの塀が辺りを囲っていた。高級品を扱っているからか、入口には関所も設けられていた。
「どこから来たんだ?」
関所の役人は、じろじろと俺を見た。
「隣の大陸から」
「馬車の中を調べさせてもらうぞ」
あ、俺の事はどうでも良いんだ。背後から、アイリスやオリヴィエの声が聞こえてくる。俺は見えないが、どうやら首にかけたネックレスも見せたようだった。
すると役人は、
「これは……この町で造られた物だ。かなりの高級品だな」
と、言った。当たり前です。一国の王女様ですから。
「よし、大丈夫だ。通っていいぞ」
最後まで上から目線の役人だったな。俺はわざと慇懃に礼をして、町へ入った。
町の中は筒状の建物がいくつも存在し、トントンカンカンと金槌を使う音が共鳴している。家々にはそれぞれカットされた宝石の断面と、金槌を掲げた看板が飾られている。その間に宿屋を見つけ、馬車をつけた。旅人用なのか、隣に備え付けの馬屋があった。
「交渉してきます」
そう言って、オリヴィエが馬車の後ろから下りる。花飾りのリースの付いた扉を開いた。馬屋を見ると、幸い数頭の馬が止められていて、馬車用のスペースも、確保できそうだった。
「まさかこのネックレスがここで造られた物だったなんて」
アイリスが後で話している。
「良かったね」
フランシスの声がした。馬車の中に入りたいです。
やがて、扉が開きオリヴィエと女将であろうチワワがあらわれた。
「馬車は馬屋の一番奥に停めて下さいね」
と、女将はゆったりとした口調で言った。皆が馬車を下りるのを確認した俺は頷き、御者席から下りる。そうして手綱を持ち、馬たちを奥へと連れて行った。
荷車の部分を奥に置き、馬を傍らに繋ぐ。これで大丈夫だ。俺は宿屋の入口へと急いだ。
宿屋の前では、皆がどの工房へと向かうか話し合っていた。
「やはり、このネックレスを造ったと言う工房へ行きたいわ」
アイリスの言葉に、
「良いねぇ。ボクも何か買おうかな。例えば、ペアのネックレスとか」
フランシスがちらと俺を見る。止めてください、なんだかとても背筋が凍ります。
「しかし、どの工房で造ったのかわかるのか?」
と、マウロが首を傾げる。確かに。
「このネックレスはお父様が私と同じく世界を旅した時の物だと聞いているわ」
「少なく見積もって二十年か……少し宿屋の女将に聞いてみましょう。古くからある宿らしいので」
オリヴィエが言って、再び扉の奥へ消えた。
「ちなみにこの世界旅行で、セキチク国から抜け出したお母様と出逢ったのよ」
アイリスが口角を引き上げた。
と、その時オリヴィエが出て来、
「これを造った職人が誰かまではわかりませんでしたが、工房の名前はわかりました」
女将さん凄い。生き字引か。
「行ってみたいわ」
声を弾ませ、アイリスは言った。
「そう仰ると思い、道も聞いて来ました」
「では、行きましょう」
「は!」
アイリスの言葉に、俺たちは声をあわせる。旅が始まって間もない頃のようで少し懐かしい。
工房は、宿屋から少し歩いた場所にある通りを左に曲がり、その更に奥、塀の前に位置していた。ラスター工房、そう書いてあった。
オリヴィエが扉を叩くと、
「はい、なんだ」
と、素っ気ない返事が返ってきた。
「すまない、見学をさせていただきたい」
代表してオリヴィエが言う。
「茶は出ないからな」
そう言って、扉が開いた。片眼鏡の職人があらわれる。シンナーの臭いが凄い。ここは加工が専門だと、道すがらオリヴィエが言っていた。
「あの、このネックレスを造った方がここで働いていらっしゃると聞いたのです」
アイリスはネックレスを取り、職人に手渡した。
「ネックレスね……」まじまじとネックレスを見、職人は聞こえない程の声で呟く。そうして、「イーハン爺の留めだな」
と、人名を口にした。
「その、イーハン様と言う方は現在……」
アイリスが声を震わせる。
「まだこの工房にいる。逢ってみたいのなら呼んでくるが?」
「ありがとうございます。是非、逢って話がしてみたくて」
わかった、と職人は言って、工房の奥、背中を向けている人間に話かけた。彼はおどろいたように立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきた。白髪で、口髭を蓄えた人物だ。そうして、
「あんたがレンベールの子供か?」
と、アイリスに尋ねた。
「確かに、現クォーツ国国王──父の名前です」
その言葉に、イーハンは、
「まさか本当に来るとは思わなんだ」アイリスの片手を取り、両手で包み込んだ。「この工房をあんたの親父さんが訪ねて来た時、必ず自分の子供が訪ねて来ると言っていたんだ。冗談かと思っていたが、しかし、まさか本当に……」
と、彼は涙声になる。アイリスは優しく老いた職人の背中を撫で、
「帰国したら、あなたの事を伝えます」
と、言った。
その傍らで、フランシスが商品であろうネックレスや指輪を眺めている。まさか本当に買うんじゃないだろうな。俺が怯えているのを察したのか、
「やだなぁ、買う訳ないだろ?」と、背中を叩かれた。「とても良い造りのものばかりだけど、旅には邪魔になるからね」
それは安心だ。
「では、今度はもしかしたら私の子供が訪れるかもしれません。長生きしてくださいね」
アイリスが言うと、
「あぁ、そうだな。生涯現役を目指そう」
と、二人で笑いあっていた。
そうしてアイリスは踵を返し、
「さぁ、行きましょう」
と、言った。





