File08: 歌声
「探偵だと…?」
フードの男は不機嫌そうな声で少年に言った。
「ああ、そうだ。こずえちゃんに依頼されたんだよ、アンタにストーカーされてるから助けてってな」
路地の奥からはスピーカーを通した彼女の歌声が薄っすらと響いてきている。
「俺がストーカーだと?冗談じゃない、証拠は?俺がそうだっていうなら出してみろよ」
「その"証拠がどうの"っての、死亡フラグだぜ?アンタ」
笑いながらそう言った少年は首にヘッドホン、右手には音楽プレーヤーを持っている。
「状況証拠なら幾つかある」
目の前の下衆を落とすべく、少年は語り始める。
「まずは一つ目、アンタが今、ここに居ることだ」
「なにをわけの分からないことを、ここに居たら、なんで俺がストーカーってことになるんだよ!」
「ストーカーって決定づけることは出来ねえけどさ、なんかやましい事が有ったからコッチに逃げて来たんだろ?アンタよくライブ見に来てるんじゃねえの?だったらちょっと注目されただけで一曲目も終わらない内に帰っちまうのはおかしくね?だってライブは始まったばかりなんだぜ?」
はぁ?!と声を荒げる男、だがその声には動揺の色が見える。
「ライブ会場周辺には事前に要請した警察の警備の目がある、だけど毎回ライブを見に来るほどのアンタだ、危険でも来てしまった。でもさっき、彼女に呼ばれて突然目立っちまったから面食らっちまったんだろ?」
「そんなこと……!」
「アンタのその格好、通常ならそんなに目立つ格好じゃない。だけど一回目についたらそれほど覚えやすい格好もないだろ?」
男はまだ諦めていない様子でこちらを睨んでいる。
「それでアンタは無意識にこの場を立ち去ろうとしたんだ」
「用事を思い出しただけだ!こずえちゃんに呼ばれた時は確かに恥ずかしかったけど、それだけのこと。俺がストーカーってことにはならない!」
そんな反論には耳も貸さず、少年は言う。
「二つ目。ある人から聞いたんだがアンタ、異能者らしいじゃないか。ちなみにこの情報の信憑性はかなり高い、言い逃れはできないぜ」
「だからなんだって言うんだ!異能者だったら全員犯罪者か?!」
「こずえちゃんが言うには、そのストーカーの行動も人間離れしていたらしい」
「そんなこと知るか!俺はストーカーなんてやってない!」
「そして、三つ目。それはアンタが彼女のライブに来たことだ」
「はぁ?なにを言うかと思えば、ははっ。ファンなんだからライブに来るのは当たり前じゃないか!」
少年の言葉の隙をつき、勝ち誇ったように男は喋り始めた。
「ライブに来たからってストーカーにされちゃたまったもんじゃないぜ全く!まあ探偵って言ってもやっぱりガキってことか!もう夜なんだから探偵ゴッコなんてそろそろ辞めて家に帰ったらどうだ!?」
今なら見逃してやるよと笑いながら叫ぶ男に少年はこう言った。
「アンタの言うことは正しいぜ、でもそれは彼女が"普通のアイドル"なら、だけどな」
少年の言葉に男は体を強張らせる。
「アンタもファンなら知ってんだろ、月に一度、日本のどこかに無告知で突然現れる"神出鬼没の愛のテロリスト"それが彼女だ」
"神出鬼没の愛のテロリスト"とは彼女、"柊こずえ"の公式キャッチコピーだ、なんとも小っ恥ずかしく物騒なネーミングだが今そんなことはどうでもいい。
「つまりだ、どんな熱狂的なファンでも毎回ライブに現れるなんてこと、情報的にも経済的にも普通はできねえんだよ」
この男を言い逃れ出来ないほどに追い詰める、それだけを考えていた。
「それでもアンタはそんな無茶な芸当をやってのけた。でもさ実は無理なくそんなことができる立場の人間がいなくはないんだよ」
男の息はだんだんと荒くなってきており、焦っているのが分かった。
「その一つがライブのスタッフだ」
「なっ……!」
「スタッフならこずえちゃんに付いて一緒に旅をしているはずだし、隙を見てライブの観客に紛れ込むことも簡単なことだろ。実際アンタ以外にもスタッフのヤツは何人か居たぜ」
男は反論もできず、ただただその場に立ち尽くしている。
「アンタが手に持ってるソレ、スタッフに配られるキャップだろ」
男が手に持つ帽子を指差して少年は続ける。
「最初にスタッフが怪しいって思ってさ、さっき警官のフリして電話でスタッフの人数聞き出したんだわ。んでスタッフ全員を、今までずっと見張ってたんだよ。それで、唯一怪しい行動を取ったのがアンタだったってワケだ」
得意げな表情で少年は男に言った。
「どうする?まだ言い逃れするか?」
それを聞くと男はその場に跪いてしまった。
「……なん…だよ……前は……」
「あ?」
「なんなんだよ!お前はぁぁぁ!!!」
男は勢い良く立ち上がり、愚直にも路地に落ちていた鉄パイプを拾い上げ、少年に突進してきた。
てかなんでそんなの落ちてんだよと思いつつ少年は応える。
「だから言ったろ?」
そう言って右手に持った音楽プレーヤーの再生ボタンを押す、するとそれに連動して首にかけてあるヘッドホンからPOP調の曲が流れ始めた。
「ただの探偵だよ」
鉄製の凶器が少年の頭へと振り下ろされた。
ガキィィィン!!!
金属が硬い物にぶつかったような音が狭い路地に響き渡った。
少年はーーー無傷でその場に立っていたーー
「な………なんで………」
男がしっかりと握りしめていたはずの鉄パイプは、男の遥か後方に飛ばされており、カランカランと音を立てながら転がっている。
完全に理性が吹っ飛んでいたフードの男は、何が起きたのか分からず口をパクパクさせている。
少年が動いた様子はない、ただ先ほどからかなり大きな音量でヘッドホンからテンポの早い曲が流れている、ボーカルは女性らしくクリアな歌声が男の耳にも届いていた。
「おいおい、いきなりそんなので殴りかかるのはどうかと思うぞ」
そう告げて少年は笑う。
「クールに行こうぜ」




