File06: 笑顔
午後6時半。空は以前として厚い雲に覆われている。
日も傾き始め、元から薄暗かった路地裏はさらに暗さを増す。
その奥に料金制の少し大きめな駐車場がある。
そこには大型のトラックが停めてあり、その周りではアイドル"柊こずえ"のライブイベントの準備が進められていた。
その主役である少女は控え室代わりのワゴン車で、ゆっくりと目を閉じ、"探偵"と名乗った少年との先ほどのやり取りを思い出していた。
『こずえちゃんはこの後すぐ、控え室に戻ってくれ、抜け出したなんてバレたらまた面倒なことになりそうだしな。そんでいつも通りライブをやってくれ。俺達は、そうだな…ステージから向かって左側のどこかから見てるよ。そして出来たらでいいんだけど、そのいつも居る"異能者"ってのを見つけてどうにか俺に伝えて欲しい、出来そうか?』
『うん、やってみる…』
少女は不安げに応える。
その態度に若干心配になる少年。
『そうすれば、後は俺達がどうにかそいつを抑える。もしそいつが客の中に居なくても、この町に居る間は俺達が絶対に守るから安心してくれ』
『分かった…』
少女の顔からは曇りが消えない。
目の前で女の子にそんな顔をされ続けるのは、どんな男子でもいい気持ちはしない。
『なあ…こずえちゃん。その…頼むから笑ってくれよ』
困った顔で少年は言った。
少女はうつむいたまま少年に返す。
『ごめんなさい…君を信じてないわけじゃないの…でもやっぱり少し怖くて』
直前になって恐怖がぶり返したのか、声は微かに震えていた。
『じゃあこうしよう!この件の依頼料はキミの"笑顔"ってことで!』
少年の声にこずえは顔を上げた。
『探偵に依頼してるんだ、依頼料はキチンと払わなきゃダメだろ?』
少年は笑顔で少女に語りかける。
『それにさ。キミが今から立つステージには、キミのことを応援してくれている人達がたくさん来てるんだぜ?』
さっき情報を流したからな、と付け足しながら少年は続ける。
『そういう人達の前でそんな顔をするのは失礼だろ?』
これならどうだと言わんばかりに少女を見る。
しかし彼女は再び俯き、黙ってしまった。
結構なクサイ台詞を言ったのにこれでもダメなのかと顔を赤らめながら悶絶しかける少年だったが、その不意をつくように少女は一言こう言った。
『…ありがとう………』
その目からは涙が溢れ出している。
その言葉を聞いて、微笑みながら少年は応えた。
『おう!』
少女はクーラーの効いた車内で静かに目を開く。
彼女の控え室にもなっている小型のバスは改造が施されており、キャンピングカーのような内装になっている。
全国を旅している都合上、宿が間に合わない場合もあるため、生活に必要な物は大抵揃っており、彼女のプライベートスペースでもあった。
少女は、床に固定された回転式の丸い椅子に腰を掛け、自身の出番を待っていた。
ステージの方からは彼女の登場を今か今かと待ちわびているファンの声が聞こえてきている。
「ステージ、準備終わりました!柊さんのタイミングで始めてください!」
パーカーを着込み、ライブのスタッフを示すキャップを被った男が車のドアを開けて準備が終わった旨を伝えにきた。
「はい、いつもありがとうございます」
「っ!!!いえいえ!とんでもない!」
そう言うとスタッフはキャップのツバで顔を隠しながら、そそくさと走り去って行った。
何のけなく返したつもりの少女だったが、思いのほかスタッフの反応が大きい。
彼女が知る由もないが、彼は"誰がこずえちゃんに準備終了の報告をしにいくか"を決めるジャンケントーナメントで奇跡の8連勝を決め、ここに立っていた。
そして、そんな中で"自分"に対して発せられた感謝の言葉は、幾度もの激しい闘い(ジャンケン)で疲れ果てた彼の心身には刺激の強すぎるものだったのだ。
「(よしっ、やるぞっ)」
少女は静かに立ち上がった。
自分を守ると言ってくれた少年の為に。
自分を待ってくれているファンの為に。
ステージに向かって走り出す。
聞き慣れたメロディーが少女の鼓膜を叩く。
カラフルなライトに照らされたステージは眩しくて直視できないほどだ。
ここに怖い物なんてないんだ、そう呟いて小さな階段を一気に駆け上がる。
『みんなーーっ!今日は私のライブを見にきてくれて本当にありがとーーーっ!!』
輝いたステージに立った彼女は、溢れんばかりの笑顔でマイクに叫ぶ。
『それじゃあ1曲目!聴いてくださいっ!"Treasure☆Heart"っ!!!』
軽快なメロディーに合わせて少女は踊り出す。
それをファンの山の中で見ていた少年は、ヘッドホンを首にかけ、音楽プレーヤーを握りしめながら、静かにこう呟いた。
「さあ、コッチもライブを始めようか」




