File05: 異能者
「俺の名前は"七瀬結夜"、ただの探偵だよ」
曇り空の下、学生服に身を包んだ少年は、地面に座り込んでいるアイドルの少女に手を差し伸べつつそう言った。
「た…探偵?なんで探偵なんかがこんな所に、ていうかいったい何が目的!?」
人気アイドル"柊こずえ"は、帽子に眼鏡、ベンチコートという変わった格好のまま、路地のホコリっぽい地面にへたり込んだまま少年に疑いの眼差しを向ける。
「待て待て!なんか誤解してるって!別にアンタをどうこうするつもりはない!むしろアンタに会えるなんて想定外だよ」
自分に対し、良からぬ人物像を想像し始めているアイドルの思考を遮り、少年が叫ぶ。
「てかアンタ、何で抜け出してなんて来たんだ?もうすぐライブが始まるだろ」
「私…抜け出して来たなんて一言も言ってないんだけど」
ムスっとした顔で少女が見つめている。
少年は「あー」と面倒くさそうに声を出し、差し出した手を後頭部へと持って行きながら少女に返した。
「アンタはかなり焦って走ってきた、それこそ何かから逃げるみたいにな。けど、その割りにはさっきから後ろ、誰も追っかけてこないじゃん?
だから、こっそり抜け出してきて、バレない内に急いでこの場を離れようとしてたんじゃないかって思ったんだよ」
少女は一瞬驚いたような表情を見せ不機嫌そうに唸る、どうやら少年の予想は当たっていたようだ。
「一応、そういう推理?みたいなことが出来るのね…見たところ学生みたいだけどホントに探偵なんてやってるの?」
彼女の表情が少し和らぐ。
少年の胸に校章を見つけその服が学生服だと気づいたらしく、多少警戒を緩めてくれたと見える。
「ったく、アンタだってまだ大学生だろ。ああ、ホントにやってるよ。この辺じゃ少しは有名なんだぜ?」
少年は再度右手を差し出す。
その手を取り、少女は立ち上がった。
身長はユウヤよりも少し低く、年齢差をあまり感じさせない。
見上げるようにして、こずえは少年の顔を覗き込む。
「君に頼みがあるんだけど…」
予想外の発言にユウヤは戸惑う。
そんな少年を全く気にせず少女は言った。
「探偵なら、依頼、受けてくれるよね?」
彼女からの依頼は、
"かなりしつこいストーカーがおり、最近行動がエスカレートしてきていて不安なので、そのストーカーから守って欲しい"
というものだった。
最近ストーカー増えたなあと思いつつも、気兼ねなく殴れる人間が現れたことで俄然ヤル気が出てきたユウヤだった。
しかし、その依頼の内容にはまだ続きがあった。
「異能者だと?!」
少年は思わず大声を出してしまう。
「そう、仕事が終わって帰る時、後ろから男に声をかけられたの、だけどそこには誰もいなくて…」
真剣な表情で語る彼女からは嘘の気配は感じられなかった。
「怪談とかでありそうな状況だなソレ…」
呆れたような顔で少年が言った。
「私もそう思ったの、だから前に有名な除霊師を呼んでもらったのよ。だけど霊がいる様子はないって言うの」
それからはマネージャーも本気で取り合ってくれなくなったらしい。
てかそんな胡散臭いヤツ雇ったのかよと思ったが話がややこしくなりそうだったので黙っておいた。
「だからね、透明になる能力を持った異能者なんじゃないかって思ったの」
「思ったのって言われてもねえ、てかアンタ、霊だの異能者だのってそんなのの存在信じてんのか?いまどき珍しいヤツだな」
のんきにそう言ったが自分もその信じられないような存在であることには触れないようにした。
しかしーーー
「何言ってるのよ、君も異能者でしょ?」
「……………………………へ?」
ーーーんっ!?
なんでこのアイドル娘は俺が異能者だってこと知ってんだ?!
俺、言っちゃったか?!また調子こいてやっちまったか?!!
そんな感じで盛大にうろたえ、後ろを向いてうめき声を上げている少年に少女は言った。
「私もそうなのよ。といっても、異能者とそうじゃない人を見分けられるってだけの能力なんだけどね」
なんだと…この娘も異能者?
なるほどそれなら色々なことに納得がいく。
「(さっきの彼女の異様な怯え方、アレは目の前に現れた異能者の俺をストーカーの犯人だと勘違いしたわけだ)」
悪いことしちゃったな、と言葉責めを楽しんでいた自分に反省しつつ彼女に目を向ける。
「そうか…アンタも異能者なのか」
「普段は見えないんだけど、今みたいに気を張ってると発動するの。それで異能者の人は体からオーラみたいな物が出て見えるんだ」
その能力で見破られたってことは今回俺は悪くないな、とイノリ達への言い訳を頭の中で組み立てつつユウヤは目の前でニコニコしている少女に確認を取る。
「アンタも機関には認められてない異能者ってことでいいのか?」
機関に所属するナンバー持ちの異能者は、無所属の異能者を見つけると機関に引き入れようととことん付け回すという。
「そうね、機関の人とは一度も会ったことがないわ」
そうか、と言って少年は安心した。
どうやら彼女が機関と繋がっている様子はない。
だいたい機関にいたらアイドル活動なんて許されるはずがない。
もし彼女が機関と繋がりのある異能者だったら、その時は彼の相棒の能力で記憶を曖昧にした上で見捨てなければならなかった。
自分の周りにいる仲間のために。
しかし、出来るならばそんなことはしたくない。自分だって人の子だ、人間らしく生きていたい。
それは異能者として生まれてしまった者のほとんどが思っていることだろう、人と違う物を持って生まれてきたというのはそういうことなのだ。
「犯人が異能者だと思ったのは、その能力があるからか?」
「そうよ、ライブの時、客席に1人、必ずいる異能者のファンがいるの。だから多分その人なんじゃないかって…」
いずれも顔は見えなかったが、オーラの色は個人個人で微妙に違いがあるらしく、彼女は、毎回同じ人間であったと断言した。
ここまで聞いて、引き下がるわけにはいかない。この少女を助けたい、そう思った。
「わかった、アンタの依頼受けるよ」
先ほど調子に乗った贖罪も兼ねて。
「ホントに!?ありがとう、頼りにしてるわ!」
満面の笑みで喜ぶ彼女の目からは涙が零れていた。
そうとう不安だったのだろうか。彼女の心中を考えると先程までの自分が許し難い。
控え室から抜け出して来たのも、ストーカーがまた現れるのではないか、という恐怖と、取り合ってくれなくなったマネージャーへの当て付けだったそうだ。
「じゃあ、ちょっと仲間を1人呼ぶけど問題ないか?」
「その人も探偵?」
「そう、その上異能者だ。けっこう頼りになるんだぜ」
そう言うとポケットからおもむろに携帯電話を取り出し、"コウスケ"と書かれた番号に電話をかける。
『もしもし、なにか問題ですか?』
3コールくらいで相手が出て通話が始まる。
「よお相棒、悪いけど今から予備のヘッドホン持って商店街まで来てくれないか?」
彼は普段、常に首にヘッドホンをかけているが、先日教頭に没収されたため今はヘッドホンを持っていなかった。
『ユウヤ、ヘッドホンが必要ってことはつまり…』
「ああ…久々に、コッチ系の依頼だ」
少年の顔に笑みが浮かぶ。
その瞳には淡い光が宿っていた。




