File04: 探偵
曇り空の広がる放課後。
雨は勘弁して欲しいな、と少年は密かに思う。
午後4時半を過ぎたころ、学校の授業が終わり、部活のある者は部活へ、そうでない者は帰路につく。
宣言通り部室には寄らず、直接町に出たユウヤは"柊こずえ"のゲリラライブ会場にあたりをつけていた。
「今までのライブの情報から統計すると、開始時間はいずれも午後6時から午後7時の間。場所は車や人の通行の邪魔になりにくい、人が多すぎず少なすぎないような所に好んで出没していたよな…」
そこまで考えて的を絞る。
「だとしたら、そろそろ準備とか始めてるかもなぁ」
そう呟いて走り出した。
向かった先は中央区、その中でも最も賑わいを見せている"中央商店街"。
大型のデパートもいくつか点在していて、この市の中で最も町らしい町だ。
最初は人が多すぎるのではないかと思ったユウヤだったが。商店街付近の人足は午後5時をすぎた辺りからはデパートの中へと集中することが多く、歩行者はかなり減る。
ライブのスタッフがその"減り"を考慮してくれていることに賭け、少年はその場所に足を運んだ。
銀漢高校から中央商店街までは走って10分程度の距離だが、元から町の方に来ていたユウヤは5分ほどで目的地に到着した。
「ライブはいつも中身がステージになってる改造トラックで行われている。この辺であの大きさのトラックを隠せられるような所は、あの裏路地を入った辺りの駐車場くらいか…」
そう言った丁度その時、はるか先の交差点で大型のトラックが路地の方に入って行った。
そのトラックには宅配便や引越し業者の文字はなく、銀色で無地のやたらに大きなコンテナを積んでおり、ほぼ間違いなくお目当てのトラックだった。
「ビンゴ!やっぱりな」
なんか思ってたより楽勝じゃね?と思いながら、ユウヤは路地の方に歩き始めた。
だが路地の前に着くまでに2つもの信号に捕まってしまい、5分ほど時間をロスしてしまった。しかしその程度なら何ら問題はない。
信号を待っている間、校長に報告する前に準備の様子を少し見ておこうかと思考を巡らせる。
ようやく信号地獄から抜け出したユウヤは目立たないようにと、一本手前の、人気の無い細い路地から行こうと考えた。
路地に数歩足を踏み入れると、奥から黒ずくめの人物が、かなり慌てた様子で走ってきた。
頭にかぶった大きなハンチング帽、ウェーブのかかった長い髪、顔にはサングラス。
サッカーなどで試合後や休憩中の選手が着ているような所謂ベンチコートを身に纏っている。
前のジッパーは閉まっておらず中の服が見え隠れしている、ガラス質の何かが有るらしく薄暗い路地でチラチラと光るそれはかなり目についた。
ヒールの高い靴を履いていることやその華奢な足から見るにどうやら女性のようだった。
走ってくる途中で、不法投棄されたと思われるゴミ袋やダンボール箱に何度か足を取られていたが、転ぶことはなく真っ直ぐこちらへと突っ込んでくる。
反射的にその女性を避けたユウヤだったが、そこで頭を切り替える。
先ほどの一連の動作はなにか引っかからなかったか、と。
少し考え、通り過ぎて行った女性の背中に向かって叫んだ。
「そんな格好でどこ行くんだ?"柊こずえ"ちゃん?」
黒ずくめの女性は不意をつかれた足を止め、無意識に言葉を発してしまう。
「なん…で…?!」
振り返った少女の顔には焦りが見える。
そして自分の発言により、その少年の言うことを肯定してしまったことに気づき後ずさるり、その場に座り込んでしまう。
「まずその格好だ」
少年は空を見上げ、自らがその結論に至った経緯を嬉々として語り始めた。
「今日はこんなに曇ってるのに、その帽子とサングラスは明らかにおかしいだろ、下のコートともミスマッチだしな。それに路地の幅は十分あるのにそこのゴミで躓いていた、ちゃんと走れてたから足を怪我をしてるってことはないだろ?」
少女は慌てて顔を伏せる。
「なぜ躓いたのか、それはアンタが眼鏡をかけ慣れていないからだ。視界が狭められて足元のゴミが見えなかったんだ、そうだろ?」
うつむいたまま少女は何も返さない。
そんなことは気にも止めず少年は続ける。
「じゃあソレらは何のために着けているのか。答えは簡単、"顔を隠すため"だ」
少女は自身の正体を看破されたことで完全に動揺してしまい、その場から動く気も失せてしまっている。
「そしてそのコート、町中でそんなの普通着ないだろ。それにその下に着てるの、さっきチラッと見えたんだけどそんなすっげえキラキラしてる服、そんなのを人前で着るヤツもなかなかいないと思うぜ」
前のファスナーが閉まっていないことに気づいた少女は気休め程度にしかならないと分かっていながら、コートの前を手で閉める。
「最初はなんかのコスプレかなって思ったけど、よく考えたら商店街辺りでそういう人達が集まるような場所は無いし。それにそういう人なら東区の方にある"雅嶋市文化会館"辺りに行くだろうしな」
あそこそういう人多いから、と笑いながら少年は言う。
そして、少女の方へゆっくり近づいていく。
「だとすれば、仕事でそういう服を着ていて、しかもいつもはやっていないような、何か不定期のイベントに出る人かなって」
どうやら少女は、この得体の知れない少年に対し、少なからず恐怖を抱いているようだった。
「(なんなの…この人?)」
少女は思うが声は出ない
「極めつけはアンタの身のこなしだ」
追い打ちをかけるように少年は言う。
「さっきも言ったがアンタはゴミで躓いてた、あのスピードでそんな高いヒールの靴を履いてて躓いたら普通転ぶだろ?」
怯える少女に対し、容赦無く自分の推理を聞かせ続けるユウヤは、ちょっぴりこの状況を楽しんでいた。
「だがアンタは転ばなかった、相当その靴に慣れている証拠だ。しかもただ慣れてるだけじゃない、その靴で激しい動作を日常的にこなしているんだ」
「(あんな一瞬で…そんな所まで見ていたって言うの……?)」
もし推理が当たっているのなら相手はアイドル。
アイドルを言葉責めにするなんてこと滅多にできない体験だ。
そのため彼が罪悪感を感じ始めるのはもうすこし後のことになる。
「そんな職種は限られてくる。例えば何かな、サーカス団員?ダンサー?あとは…」
目線を空に上げ、思い出すように顎に手をあてる。
そして少女を見直し続けて言う。
「アイドル…だよな?この3つの点から連想される人物はただ1人。それはアンタだ、"柊こずえ"ちゃん」
そこまで言われてようやく声が出た。目の前に立つ少年を見上げ、自らの疑問を口にする。
「君は…いったいなんなの?」
少年は微笑みながら、少女へと右手を差し伸べてこう告げた。
「俺の名前は"七瀬結夜"、ただの探偵だよ」




