File02: 屋上
昼休み。
フェンスに囲まれた校舎の屋上で、壁にもたれかかっている少年がいた。
至る所がはねた黄土色の髪と、それに近い黄褐色の瞳。
一見するとヤンキーにしか見えない彼の名は"七瀬結夜"。
ここ銀漢高校の2年1組に所属する高校生だ。
校舎の東側にある土手の第2グラウンドに、ポツンと佇む物置小屋で「探偵部」という非公認部活動をしている。
校内校外関係なく、いたる所で問題を起こす、銀漢高校きってのトラブルメーカーだが、目の前で起こったイジメ、カツアゲ、不正行為などを見逃すことが出来ない熱血漢。
それら全てを殴って解決しようとするのはご愛嬌。
重度の女性好きであり、特に"可愛い系"と呼ばれる少女らをこよなく愛し、如何なる状況においても女性相手に本気になれず、進んで傷付けようとはしないという紳士的な一面も持つ。
が、それが良い方向に働いた例は、今のところ無い。
そんな少年の右手には、自販機で買った紙パックのオレンジジュースが握られており、腕にはカレーパンが入った購買の白いビニール袋をぶら下げている。
この超不健康かつ安上がりな昼食が彼の抱える致命的な経済事情を物語っていることは秘密だ。
この"銀漢高校"では、公立高校にしては珍しく生徒に屋上を開放している。
なので彼に限らず、昼休みをこの見晴らしの良い屋上で過ごそうと考える生徒は少なくない。
しかし、今でこそ生徒たちに開放されている屋上だが。かつてはフェンスも無く危険なので長らく立入禁止とされていた。
そんな屋上がフリースペースとなったのには理由がある。
数年前、台風の際、近所のスーパーの看板が強風に煽られて大破、その破片が風に飛ばされ宛てのない大冒険に旅立ってしまった。
そして間も無く屋上の入り口に直撃。
基部から歪んだ鉄製のドアは扉としての機能を失い、この時点で屋上はほぼ開放状態となってしまった。
生徒らの憧れの地であった屋上が、図らずも開放されたという情報は瞬く間に全校生徒に知れ渡り。
未踏の地を一目見ようと当時の生徒は大挙して押し寄せた。
もちろん最終的には教師らの知るところとなり。屋上の閉鎖再開に取り掛かることになる。
だが、時間が経ち過ぎていた、"半年"という時間は生徒らの中に屋上に対する愛着を生むには十分過ぎる時間だった。
当然、そんな生徒側が封鎖に納得するはずもなく、"屋上"という聖域を守るため、当時の生徒らは「半年も放置した学校側が悪い」と徹底的な攻めの姿勢を貫いたという。
激しい論争の末、学校側が折れ。
校長が「まあ、落ちなきゃ問題無いでしょ」
と、フェンスを設けたことで、屋上は正式に開放されることになったのだった。
「……はぁ…痛みが引かん…」
ストローからジュースをすすりつつ、浮かない顔でそんなことを呟く少年。
空いている左手で後頭部を摩りながら、今朝の一件を思い出していた。
パッと見こそなんともないが、教頭の『50代とは思えないキレの正拳突き』をまともに喰らっているため内側は満身創痍。
その威力は3限目の終わりまで彼と校長が目を覚まさないほどのものだった。
噂の域を出ない話だったが、彼女がかつて"空手で世界と渡り合った"というのも、存外本当のことなのかもしれない。
しかし、まともに喰らったといっても誤解しないで頂きたい。
いくら若き日の彼女が"神童"と呼ばれるほどの人物だったとしても、所詮今は定年間近の女教師、言ってしまえばお婆ちゃんである。
彼も一応、現役バリバリの男子高校生だ、そんな相手に無抵抗でやられるほど落ちぶれてはいない。
彼なりに逃げる努力はしたのだ。
まず、応接室からは校長(依頼人)を囮にして、なんとか抜け出すことに成功、校舎の外までは逃げ出した。
元々こうなることをなんとなく予感していた少年は、応接室にこっそり靴を持参していたため、教頭の不意を突いて窓(地上2階)から逃げることができたのだ。
教頭はというと、律儀に靴を履き替えるため職員玄関まで走っていたため、かなりの時間をロスしていた。
そのまま行けば逃げ切れたかもしれない。
いや、逃げ切れていただろう。
しかし、なんとなくグラウンド側に逃げたのが彼の運の尽きだった。
もし、そこで中庭の方に逃げていれば、全速力の彼の横っ腹に朝練中のサッカー部の"流れ球(かどうかは疑わしい威力)"が撃ち込まれることもなかっただろう……
その後はご想像にお任せしよう。
まあ、なにごとにも不測の事態とは付き物である。
「それって結局のところ、自業自得なんじゃないんですか?」
声を掛けたのはユウヤの横に座っている少年だった、同じく購買で売られているサンドイッチを頬張りながら、壁に背を預けている。
しかしこちらの彼は、ユウヤのように金銭的に困っているという訳ではなく、ただ単純に弁当を持って来るのが面倒なだけだった。
「まあ、そうなんだろうけどさあ………」
不機嫌そうに空を見上げるユウヤ。
太陽がギラギラと輝き、遠くに見える山には大きな入道雲が腰掛けている、鬱陶しいくらいの夏晴れだ。
日影に座っている彼らだったが、今更ながら屋上に来たことを若干後悔し始めていた。
「確かに、うるさくしたのは悪いと思うけどさあ、殴るのはどうかと思うぞ?ハゲちゃったら責任取ってくれんのかねぇ?」
「文句ばかり言っててもしょうがないですよ。そんなことより校長の依頼、どうする気なんですか?」
この、敬語で話す少年は"夕ヶ谷晃助"、ユウヤと共に探偵部で活動している高校生だ。
クラスは違うが、彼もユウヤ同様この高校の2年生。
彼の父親は中央区の大手医療機器メーカーで社長をしているので、実家はかなりの豪邸。
その上、容姿端麗文武両道、何を取っても完璧な、いわゆるエリートという奴だ。
幼い頃からあらゆる礼儀作法を叩き込まれてきたため、誰に対しても常に敬語で話すちょっぴり皮肉屋の少年だ。
「まあ、ダンナには借りもあるし、個人的にも興味のある依頼だ。やるだけやってはみるさ」
「そう簡単に見つかるもんですかね。向こうは何度ものライブを経験して来ているんですよ?移動や準備にも細心の注意を払っているんじゃないですか?」
「だろうな、でも、だからこその違和感だって有るはずさ」
どこからこの自信は来るのだろうと呆れてしまうコウスケ。
「そんなもの本当に有るんですか…?」
「有るさ、みんな気付いてないだけでな」
ユウヤは手で顔を扇ぎながら続ける。
「ようは"意識"の問題だよ、前にテレビでやってただろ?バスケやってる奴らの間を、熊が通ってくって動画。パスの回数数えてたらその熊に気づかないっていうアレだよ」
「あぁ先週の。一種の心理テストですね、アレがなにか?」
「アレってさ、熊が出るなんて知らないから気づかないんじゃん?でも"熊が通る"って意識しながら見ると誰でも気づくだろ?」
「ですね」
「つまり、気付けなかったのは意識の外にソレが有ったからだ。こずえちゃんのライブは無告知で行われるんだから、今回みたいに情報が漏れたりしない限りは誰も意識なんてしない。まさかみんな、自分が今いる場所でゲリラライブが始まるなんて思ってないだろ?」
「なるほど、つまり意識していれば何かしらの手掛かりが掴める、と?」
「そゆこと♪」
「……それ本当に一緒にしていいんですか?」
「まあ、100%では無いけど。日程だって分かってんだから、当日探せば何とかなるっしょ」
こんなに適当で良いのだろうかと、それなりに心配になってきたコウスケだったが、なんだか馬鹿らしくなってきたので考えるのを辞めた。
「そういや他の短冊はどうしたんだよ、渡したよな?」
コウスケは、胸ポケットから何かを取り出しながら答える。
「受け取りましたよ、彼女たちにも渡してあります」
取り出されたのは長方形の青い色紙だった、時間や場所らしきモノを記したらしい文字がボールペンで書かれており、短冊と言われれば短冊に見えなくもない。
「今日も一応部室に顔出すけど、俺の"依頼"は明日まで終わんねえからさ、明日もし4つだったら頼むわ」
「今日が珍しいだけです、依頼4つなんてそうそう来ませんよ」
「そういうもんかね」
そう言うとユウヤはゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ戻って予習でもやるかー」
それを聞いたコウスケは大袈裟に狼狽える。
「は?え?君が予習?!どうしたんですか気持ち悪い……あっ。頭の医者なら駅前に在りますよ?」
「おいヤメろ外側はともかく、駅前のは内側の方の医者じゃねえか!次に小テスト落ちたら居残りなんだよ」
「なんだ、またですか?部の活動にも差支えるから気を付けろって、イノリにも言われてたでしょ?」
「"また"じゃねえ、回避するために鋭意奮闘中だ」
なんて言ったユウヤだったが、実際のところ回避できる目処は立っていない。
ポケットから単語帳のような物を取り出しながらブツブツ音読しながら階段の方へ歩き始める。
そんな"お馬鹿"を見て、また居残りなんだろうなぁとニヤニヤしながら思う"秀才"だった。
「まあ、応援してますよ」
「なんでちょっと楽しげなんだよ……」




