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File01: 依頼

この世には探偵という職業がある。


漫画や小説などでは、警察が手を焼く難事件を颯爽と解決してしまうクールな役まわり、いわゆる花形だ。


行く先々で事件に巻き込まれ、散りばめられた小さな証拠を基に、論理的思考で謎を解く。


そして、最後は一言


「犯人はこの中にいます」


しかし、現実はそんなに煌びやかなものではない。ペット探しや浮気調査、盗聴やら素行調査などハッキリ言って花の無い地味な仕事だ。


テレビで出てくるような殺人事件はホイホイ起こるものでもない上、探偵という生き物は所詮一般人、基本的にそんなモノには関われない。


もしも、まかり間違って事件に巻き込まれ、そして見事に解決したとしても、警察への捜査協力で表彰される程度であり、早い話が"金"にならない。


くわえて、探偵という職業柄、名前はともかく顔が売れてしまうと、探偵業務や日常生活にも支障が出かねないため、割に合わない。


と、言うように探偵という職業は常人にはなかなかにハードな職種なのだ。


よって実際に探偵となるのは、退職した刑事や一握りの変わり者に限られてくる。




まだ少し涼しさの残る夏の早朝、広い応接室に呼び出された少年がいた。


彼もその"探偵"という職業を好んでやっている変わり者の1人だ。


全体的に跳ねている黄土色の髪、首にはヘッドホン、一見なんともチャラそうな風貌の少年である。


気だるそうに欠伸(あくび)をする仕草がここまで似合う人間も珍しい。


部屋の奥には1人の男が高級そうなソファーに腰掛けている。


濃く日焼けしたような焦げ茶色の肌、頭は見事に剃りあげられていて、なんとなくヤクザを連想させる初老の大男だ。


いかにもというような事務机に両肘を付き顔の前で手を組んでいる姿は、さながら悪の組織の大ボスといったところ。


サングラスから薄っすらと覗く瞳はしっかりと少年を捉えている。


「七瀬君、君の腕を見込んで一つ頼みたい仕事がある」


"七瀬君"と呼ばれた少年は応える。


「今日は何をお望みで?」


「ある女性のことを探って欲しい、報酬ははずもう」


「あぁ?また奥さんの素行調査かよ、過保護すぎるのは良くないぜ、ダンナ」


「ぶっ!な、なにをっ!!」


あからさまに動揺する初老のオヤジ、あんな若造に…とかなんとかブツブツと言っているがよく聞き取れない。


一呼吸をおきオホンと咳払いをして話を戻す。


「…今回は彼女じゃない」


いきなり声のボリュームが下がったので思わずニヤニヤしてしまう"七瀬君"はさらに続ける。


「他でもないダンナの頼みだ、どんな依頼だって受けるよ」


それを聞くと男は安心したようにため息をついた。


「そう言ってくれると助かるよ、君以外に頼める人間がいなくてね」


「で?俺は具体的に何をすりゃいいんだ?」


「明日、この町のどこかに現れるはずなんだがどうにも尻尾が掴めない、君には彼女が出現する場所を突き止めて欲しい」


「そいつはいったい何者なんだ?ダンナがそこまでするってことはただ者じゃないよな」


少年の寝ぼけた目つきが真剣なモノ変わった、瞬間空気が緊張する、広い応接室を短い静寂が支配した。


「君も知っている人だよ、先月君は彼女に会っている、その時私もいた」


「先月?彼女って、まさか!」


何かに気づき驚きを隠せない様子で叫んだ。


「そう……」


その時、男が置いた"間"は実際には数秒のことであったが、少年にとってその"間"は何十秒、いや何分間にも感じられただろう。


人はなにかを悟った時、心の底から驚愕した時、思考を何倍にも加速させる。


平和な日常を生きているのであれば通常、死ぬまで体験することのないであろう現象。


少年をその境地に至らせた衝撃の一言。


「大人気アイドル!"柊こずえ"ちゃんのゲリラライブの旅の次の標的が!ここ、雅嶋市に決定したぁぁぁぁあ!!!」


「うぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!マジかダンナ!そんな情報いったいどこから仕入れてくるんだよ!」


「高校の校長といって、あまり舐めてもらっては困るぞぉ七瀬君!これでも市長とは休日共に釣りに行くような仲だからな、このくらいの情報を引き出すなんて造作もないわぁ!」


この、ヌハハハハハと笑っている定年間際の強面オヤジはヤクザなどではない。ここ"雅嶋市立銀漢高等学校"の校長を務める歴とした地方公務員だ。


説明しよう!"柊こずえ"とはっ!!


現在日本でその名を轟かせている大人気アイドルのことである!!!


47都道府県制覇を目的に、月に一度不定期で日本のどこかに現れ、ゲリラライブを行っている一風変わったアイドルだ!!!!


これまで9つの県と大阪府、北海道を訪れ、順調に旅を続けている!!!!!


彼らは先月、修学旅行で行った沖縄にて、偶然にも彼女のゲリラライブに遭遇したのであった!!!!!!


ちなみに、この時彼らがバスに乗り遅れ、置き去りを喰らったということはあまり知られていない。


「なるほど、市には一応報告を入れてあるってことか…しかしまさかそんな特ダネ隠し持っていたとは、やっぱシングルナンバー会員は違うな…」


驚愕を露わにする高校生探偵に、人生の先輩として教職員は語りかける。


「いやいや、七瀬君だってその若さで10番代を所持しているなんて恐れ入るよ」


お互いを労い合う"柊こずえ"のファンクラブ会員2名。


互いの実力(?)を認め、最大限に理解し合った彼らの間には何者も入る余地は無い。


だが、この依頼のことすら忘れて"アイドル談義"を始めた彼らのやり取りに、聞き耳を立てている者がいた。


部屋の外側、1人の小綺麗そうな女性が応接室の大きな扉に力無くもたれかかっていた。


歳は校長より少し下くらいだろうか、大きなため息を吐きながら頭を抱えている。


扉向こうからはあの衣装がどうの、スカート丈がこうのと職員室の真横であることを完全に忘れたような会話や、気が狂ったかのような笑い声が盛大に漏れてきている。


「また校長は…あんな大きな声で、もし生徒や保護者の方々に聞かれたらどうするつもりなんでしょう…」


と、こんな感じでウンウン言っているこの人は"銀漢高校"の教頭を務めている人物である。


比較的校則の緩いこの銀漢高校において、唯一のルールとも言えるような厳格な人物であり、度々応接室を貸し切り生徒とアイドル談義を始めるような校長にはかなり悩まされている。


「今日こそビシッと言ってやろうかしら…」


本来、来客を迎えるための応接室で声高々に笑う2人のアホに殺気を向けるも、今すぐにでもドアを蹴破って行きたい気持ち抑え、大人のレディーとしての余裕を取り戻していく。


「(落ち着け、落ち着くのよ芳江(よしえ))」


しかしそれは、彼らの愚行を笑って許してやるということではない。


むしろ、感情のまま行動しては彼らをみすみす逃がしてしまう危険性があるため、それを避けるための、彼らを確実に仕留めるための本能的な対策だ。


中指でメガネを押し上げ、左手の拳を握り直すと、何かを決意したかのような表情でドアノブに手をかけた。


そう、この問題の根源たる校長、ならびに学校一の問題児である"七瀬結夜(ななせ ゆうや)"へと正義の鉄拳を叩き込むべく、力強くドアノブを握りしめ、一歩また一歩と応接室へ足を踏み入れて行くのであった。

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