File11: 黄昏
黄昏ーーー
世界がオレンジ色に染まる、一日の中で最も気持ちが休まる時間。
これは探偵"七瀬結夜"の持論だ。
実際、日の光も弱まり日中の照りつけるようなソレとは比べものにならない、窓から吹き抜ける涼しい風はなんとも心地がいい、しかし今そんな安らぎの時間が侵されようとしていた。
「なんとも滑稽だな、似合っているぞ」
「来週で退院なんて言わず、もう二ヶ月ほどこうしていたらどうですか?」
「アタシぃー、それはそれでツマラナイと思うけどなぁー」
「てか、二ヶ月後とか夏休みがほぼ終わってんじゃねえか!」
ベッドで横たわる少年の前には探偵部の面々が勢ぞろいしている。
「お前ら好き放題言いやがって、薄情な奴らめ。それに比べてソラは良い子だなぁ、テメェらちょっとは見習えェ!」
ニヤニヤしながらこちらを見ている2人の薄情者に文句を言う少年。
「そういや、あのストーカー野郎はどうなった?」
少年は、既に飽き始め本を開こうとしていた薄情な相棒に声をかけた。
「警察に捕まりましたよ、"僕が"上手くトドメを刺して気絶させましたからね」
「"僕が"って部分を強調すんな!俺だって頑張りましたよ!?」
「まあ、能力の相性も良くなかったですし、今回は運が無かったってことで」
「よく言うぜ…ったく。しかし、確かに面倒くせえ能力だったな…」
「あの能力の正体ですが、彼が警察に拘留されたことで明らかになりましたよ。どうやらあれはーーー」
そんなコウスケの言葉を遮り少年が左の手のひらを向けた。
「イイ、当ててやるよ」
コウスケその言葉に微笑みながら肩をすくめた。
「……どうぞ?」
「結論から言おう、アイツの能力は"体の縮小化"、しかもちょっと特殊なタイプの。違うか?」
コウスケは一瞬驚いたような表情を見せ、まったく君はと呟いてこう続けた。
「なるほど、頭の中の方は問題無いみたいですね」
「当たってたか、実は半分勘だったんだが」
「残りの半分は何か根拠が?」
「アイツと実際に戦った感触だ」
すると少年はニヤニヤしながら説明をし始めた。
「他人の視界から姿を消せて、俺の音響探査にも引っかからず移動でき、その上で空間転移系でもない。そうなると俺の知ってる能力の中じゃ"体の縮小化"くらいだったからさ」
目を閉じ、人差し指を立てて得意気に語っている。
「音響探査に引っかからなかったのは俺が無意識に"人影"を探してしまったからだ、最初はただの視覚透過能力だと思ってたからな。あと特殊って言ったのは"体の縮小化"をしたにしては移動する速度が速すぎたからだ、アレは明らかに小さくなった人間の速さじゃない」
言い終わると同時にドヤッとコウスケの方に顔を向ける。
しかしそこには、パイプ椅子に腰掛け、足を組み、アクビをしながら本に目を落としている相棒の姿が有った。
「………ん?あ、終わりましたか」
「なに人が喋ってる時に読書エンジョイしてんだテメェ!本置けコラァ!!」
気付けば、彼と一緒に来たはずの少女2人も病室から姿を消していた。
「あれ…アイツらは…?」
「笹島さんとイノリなら喉が渇いたのでジュースを買いに行くと、さっき出て行きましたよ」
確かに喉は渇いたけども。
「ホントに心配してくれてんのキミタチ…?」
恐る恐る尋ねる少年に対し、彼の相棒は軽い口調で答える。
「ん?もちろんしてますよー?」
とか言っているが、完全に棒読みな上、目線が本から1ミリも逸れていなかったため信憑性はゼロだ。
「それに話はちゃんと聞いてましたよ、君の言う通り彼は"特殊"でした。縮小能力と物理透過能力の間の能力って感じなんですかね。なんでも体の"存在"その物は変化させず"物に触れられる部分"つまりは実体部分のみを極限まで小さくしていたそうで、必ず実体部分が少し残ってしまうというデメリットがありました。でも、だからこそ縮小した状態で元の体格と同じアクションを可能にしていたそうですが」
ホントにちゃんと聞いてたんだ、と驚いたユウヤだったが、今のコウスケ発言の中に引っかかる言葉が含まれていたことに気づく。
「その"存在"がどうのって説明、"存在学"を前提にしてるっぽいけど。もしかして"先生"の意見か?」
「そうですよ、彼も一応"門外顧問"ですからね。今回も渡辺警部補達に意見を求められてました」
先生とは彼らが通う銀漢高校の"存在学"の担当教師だ、年上の者にも全く敬意を示さないユウヤに"先生"と呼ばれたのは後にも先にも彼だけだ。
「(先生も大変だなぁ…)」
彼は学校で教師としても働いているのだが、「元・異能力者研究保護機関"高次元能力分析班"主任研究員」という肩書きを持つため、雅嶋警察署の"異能力者犯罪対策班"に門外顧問として雇われている。
「つまりは、体の大部分を非実体化させてたから、その部分が音やら光やらとの接触を断たれた状態になって、目の前から消えたように見えてたってワケだ。不完全とはいえ視覚透過と物理透過を両立させたに等しいな…」
「異能者は普通、一種類の現象しか起こすことが出来ませんから。"機関"は彼に対してかなり興味を持っていたようですよ」
犯罪を犯し、逮捕された異能者は事情聴取の後、罪状を問わず"機関"によって研究施設に連れて行かれてしまう。
「心配しなくても、僕の能力で彼の記憶は曖昧にしてありますし、渡辺警部補にも事情は話してあるので、僕らが"機関"に目を付けられることはないと思いますよ」
「("機関"…かぁ……)」
彼らは思い出す、一つ間違えば自分たちも犯人側になってしまうということを。
もちろん彼らだってそんな風になるようなことはするつもりは無い。
しかし、そうなってしまう可能性はゼロではないのだ。
犯罪行為でなくとも、"機関"の目に止まってしまった時点でアウト。
だからこそ考えずにはいられない。
そうなってしまった時のことを。
「……………」
病室を沈黙が支配した。
「そういえば、柊さんには"異能者とそうじゃない人間を見分けられる異能"が在るんでしたよね?だとしたら、あのスタッフはなぜ今まで異能者だとバレずにいられたのでしょうか?旅に同行していたということは付き合いはそれなりに長かったはずなのに…」
紳士な少年は、悪くなった空気をどうにかしようと、自主的に話題を変えた。
「まあ…運が良かったってのも有ると思うけど。一番の理由は、こずえちゃんが、アイツを含めたスタッフ全員のことを心から信頼していたから、だと思うぜ」
あくまで想像だけど、と付け足しさらに続ける。
「彼女の能力は、彼女が極度の緊張状態にある時に発動するモノなんだ。ステージに立ってる時や、俺と初めて会った時もそうだった。それって裏を返せば、安心していれば能力は発動しないってことだろ?」
そこまで聴いても結論に辿り着かなかったのか、コウスケは首を傾げつつ尋ねる。
「つまり、どういうことです?」
「つまり彼女は、自分が信じた人達に囲まれて、とても安心してたんじゃないかなって」
「なるほど…。でも、そうだとしたら、皮肉な話ですね……」
少年達が話していると、部屋の外の廊下から、ジュースを買いに出ていた少女らの話す声が聴こえてきた。
「彼女たちも来ましたし、僕はそろそろ帰りますね」
なんだかんだで完全に飽きたと見える薄情極まりない相棒に対し、何らかの形で仕返しをしたかったユウヤだったのだが。
ベッドで寝ている自分と椅子に座っている彼では、体制的に圧倒的に不利なので諦めざるをえなかった。
「そーかよ、じゃあな」
素っ気ない態度で返すことで、なんとか一矢報いろうとする少年。
雑な返しをした彼に対し、コウスケはお返しとばかりにこう言った。
「最後に一つ、先生からです。明後日は課題の提出が有るので忘れないように、とのことです」
「なっ!入院中の俺にどう課題を出せと?!全部家なんですけど!?」
コウスケは笑いながら病室を出て行く、2人の少女は扉の前まで来たようだが再び部屋に入ってくることはなく、そのまま帰って行ったようだ。
「アイツら、マジで帰りやがった…」
外ではカラスが鳴いており、家に帰る途中らしきランドセルを背負った少年達がなにか叫びながら走っていく。
望んでいた静かな黄昏の中、少年は1人病室の扉を見つめながら静かに呟いた。
「てか、俺の分のジュースねえの……?」




