File10: 解決
"柊こずえ"のライブから3日後の昼。
七瀬結夜は病院のベッドの上にいた。
病室の窓側のベッドでユウヤは窓の外を恨めしそうに見つめている。
その部屋に入院しているのはユウヤだけで、その上元々が6人部屋なため空気は悲しいほどに静まり返っていた。
「くそ…教頭の野郎…どんだけ強く殴りやがったんだっての」
今朝目覚めたばかりの少年は薬の匂いのする枕に頭をうずめ、ひたすら毒を吐いている。
彼はストーカーに自己紹介をした直後に気を失い、救急車で病院に搬送されたのだった。
脳震盪だったらしい、全くもって遺憾である。
「あのゲンコツさえなきゃ、コウスケにイイとこ持ってかれることもなかっただろうに…チクショウ……」
事件の解決のことよりも見せ場を盗られたことを根に持っていた。
そんな不機嫌極まりない少年のいる病室に1人の少女が入ってきた。
ウェーブのかかった長い髪、頭にはキャップをかぶり、茶色で大きめのサングラスをかけている。
体のサイズよりひとまわりほど大きなTシャツに、ダボダボのジーパンを履いていて、まるでヒップホップのダンサーのような格好だ。
少女は、ブツブツ言いながら窓の外を眺めている少年に声をかけた。
「2日間気を失ってた割りには元気そうだね」
そう言ってパイプ椅子に腰掛ける。
その声に反応して少年は振り返りながら言った。
「そういう言い方すると仰々しいけどさ、結局はまるっと2日寝てただけだか………ら…な………?」
聞き覚えのある声に言葉を返した少年だったが、目の前にいる少女には全く見覚えがなかった。
「(あ?え、誰だコイツ……?俺にこんなファンキーな知り合いいたか…?)」
口を開けてポカンとする少年。
「ん?どうしたの?」
不思議そうな顔で尋ねてきた、どうやら誰かと間違えて声をかけてきたワケではないようだ。
「(いったいどういう……まさか、脳震盪の後遺症で記憶が…?あの教頭、本格的に対策を考えとかねえと……)」
「ねえ、ちょっと。聞いてる?もしもーし」
「(てか、この娘けっこう可愛くないか?心なしか誰かに似てるような気もするが……)」
「あ、もしかして私って分かってない?」
そう言うと少女はサングラスを取り、少年に素顔を見せた。
「私よ、分かる?探偵くん?」
そこに座っていたのは先日ストーカー退治を依頼してきたアイドルだった。
「なんだよ……驚かせるなよ…」
自分の最初の認識が間違っていなかったということに心の底から安心する少年。
どうやら脳に異常は残ってないらしい。
「てか…なにその格好?」
少女の服を見て言った、なんともハデで目がチカチカしてくる。
「ああ、これ?私の私服だけど」
おぉぅ…、言葉を失う。
あの清楚なイメージで売っているアイドルの私服が、こんなので良いのだろうか、いや個人的にはかなりアリなのだが…
色々考え、少年は目を細める。
「…………………すげえ趣味だな」
「どういう意味よ!?」
脳震盪の原因は先日の音速移動だった。
頭蓋骨にヒビが入っていたらしく、そのヒビのせいで普段なら耐えられていた音速挙動に脳が耐えられなかった、ということらしい。
ヒビの方の原因は考えるまでもなく例の鉄拳だろう。
噂の域を出ない話だが、かの教頭は学生時代、空手の全国大会でベスト3まで勝ち上がったこともある有段者らしい。
ヒビが完治するまでは少なくとも1ヶ月かかるらしく、その間激しい運動は禁じられている。
しかし1ヶ月とはなかなか痛い、詰まる所その間はマッハブラストとそれに連なる技は全て使えない。
もしもの時の切り札が一時的にとはいえ奪われてしまったということだ。
またあのストーカーのように厄介な能力を持ったヤツが現れないとも限らない。
めんどうなことになった、と少年は思う。
「ちょっと、私の趣味になんか文句あるの?」
しかし、とりあえず今は目の前で怒り心頭の少女の対処だけを考えた方が良さそうだ。
「いやぁ、とんでもない。すごいっていうのはアレだよ…そう!素晴らしいって意味さ」
冷や汗まじりに少年は答える。
「……まあ、別に良いけど。元々君にお礼言いに来たんだから、それに今の私は君に何言われたって怒れないような立場だしね」
瞬間、暗い表情を見せる少女。
もしかして俺が倒れたことを気に病んでいるのか。
「チョット待った、俺がこうなったのはアンタのせいじゃない。心配してくれるのは嬉しいけど、もし罪悪感とか感じてんだったら辞めてくれ」
でも、と少女は呟く。
「危険な相手だって分かってたのに、君に頼んだ。自分は傷つくのが怖かったのに、ズルイよね…」
「ズルくなんかないよ、怖いって感情は自分で簡単にどうこうできるものじゃない。それに、依頼を受けるって決めたのは俺なんだし」
服装とは対照的な態度の少女に少年は笑顔で続けた。
「だいたい、俺は依頼料としてアンタの笑顔を要求したんだぜ。なのになんだ?その変な顔は」
「へ、変な顔?!」
「また、泣きそうな顔してる」
「だって、君が心配させるから…」
む、責任を俺になすりつけるとは、と顔を歪めるがここで引いたら彼女は笑ってくれないかもしれない。
「ほら、笑えって」
自分でも、もうちょっと気の利いた言葉は無かったのかと思ったが、言い直したら格好がつかないためそのまま少女の返答を待った。
「え、ちょっ!そんなこと言われたった急には」
焦る少女はとにかく笑顔に見せようと頬をあげるが、どうにも引きつっておりなんとも変な顔になっていた。
「ぷっ、ぷははははははは!なんだそりゃ!」
「なによ!君が悪いんでしょ!もう…」
頬を膨らませて怒った表情を見せるアイドルもこれまた可愛い。
「あはははははは!」
「………ふふっ…ふふふ、あはははははは!」
少年の大笑いに吊られたか、少女も笑い始めた。
すると少年は笑うのを辞め、少女に語りかけた。
「ほら、笑えるじゃないか」
少女は笑いながら言う。
「依頼料、本当にこんなもので良いの?」
「頼んだらデートでもしてくれるってか?別にいいよ、これ以上望んだら他のファンに殺されそうだ」
「あら残念、君が望むならデートくらいしてあげたのに」
え、マジで?と自分の発言に多少後悔したが、「もちろんキミの奢りでね」の一言で多少冷める金欠探偵であった。
「ありがとう、七瀬くん。今回は本当に助かりました」
「こちらこそ、握手券とか程度じゃお見舞いなんてしてもらえねえしな」
冗談を言ったら「なによそれ」と笑ってくれた。
「あと、ユウヤでイイよ。てかそう呼んでくれると嬉しい」
そう言うと少女はとても嬉しそうな表情をした。
「私、そろそろ行かなきゃ、もっと話してたかったんだけどゴメンね」
おう、と答えると少女は背を向けて扉の方へと歩きだす。
「これ私のアドレス、よかったら登録しといて」
少女は名刺らしきものを取り出してベッドの横の小さな机に置いていった。
マジか、とリアルアイドルのリアルなアドレスを入手しあまりの興奮に目を見開くユウヤだったが、ふと思い出したように彼女に声をかけた。
「なあこずえちゃん。アンタの能力、機関にバレたらけっこうヤバそうだからさ、俺にやったみたいに気軽に人には話さないほうがイイぜ」
少し考え、そうだねと頷いてスライド式の扉に手を掛ける。
「いつかまた会おうね、ユウヤ!」
少女は笑顔で走り出した、どこかの誰かに笑顔を届けるために。




