誘われた私
あのコンサートの時、私が座っていたあの席の位置はステージ近く、しかも将之さんの定位置に近かった。
だから、比較的顔を視認できる位置だった事は間違いない。
でも、大勢の中、しかも一生懸命ギターを弾きながら、私の存在に気付いてくれていた?
驚き以外の何ものでもない。
急転直下、期待いっぱいの妄想好きな私が突撃してきて、将之さんの事は諦めろと言う冷静な私を、吹き飛ばした。
胸がどきどき高鳴って来ているのが、自分でも分かる。血管、破れるんじゃないかな? それくらいの感覚だ。
もうどうしていいのか分からない私に、将之さんは続けた。
「まどかちゃん、名乗ってやってよ」
「え? あ、はい」
将之さんの言葉で、固まっていた私の思考回路が再び動き出した。
この人に名乗る理由は無い?
そんな事を考える余裕もなく、将之さんの言葉にそのまま反応した。
「一年の藤原まどかです」
ぺこりと頭を下げた。
「俺は近藤司。よろしく」
「今、急いでる?」
近藤さんが名乗るのが終わるか終わらないかのタイミングで、将之さんは私の方を向いてきいてきた。
「いえ。別に急いではいませんけど」
「じゃあ、どこかに寄ってかない?
いい店知ってる?」
正直、思考回路がぐちゃぐちゃになって、私にはその意味が理解できていない。
よいようにとれば、どこかのお店に入って、お喋りでもしようと言うお誘い。
それは近藤さんと言う人も一緒だから、デートとは言わないけど、少しはそれっぽい感じ?
悪いようにとれば? って、他には思いつかない。
でも、私とお喋りしようと言うのもあり得ない気がしてならない。
「あのう。どう言う意味ですか?」
「うん?
一緒にお話ししないって事だけど」
「マ、マ、マジですか?」
思わず、素に戻って一歩退いてしまった。
横にいる近藤さんも意外そうな顔で、将之さんを見つめている。
「嫌?」
将之さんの表情から、私をからかっているって感じは読み取れない。
いや、それは私が自分の都合よく解釈しているだけ。そうに違いない。と言って、私を戒める冷静な私の声が頭の中でした。
「そ、そ、そんな事はないですけど」
この答えは妄想にまみれた私だけでなく、冷静な私の二人が出した答え。
確かに、その答えは嘘なんかじゃない。
「じゃあ、行こうよ。どこにする?」
「え。あ、はい」
将之さんの横の立っている近藤さんが、将之さんの脇腹のあたりを肘でこつくのが見えた。
「おい!」
近藤さんに将之さんが視線を向けた。
二人の間で、目で会話している感じ。
「なんだよ?」
「どう言うつもりなんだ?」
「いいじゃねぇか」
「俺は知らねぇぞ」
私の脳裏に勝手な言葉が浮かび上がる。
そうなんだ。将之さんには早紀さんがいる。
近藤さんはその事を将之さんに言っているんだ。
やっぱ、ここは断るのが当然。
これはただの将之さんの気まぐれでしかないはず。
「そうですよね。私なんか。
すみませんでした」
軽く頭を下げて、体の向きを反転させた。
立ち去ろうとしたその瞬間、私は腕を掴まれてしまった。
自分の腕に目を向ける。
私の腕を掴んでいるのは紛れもなく、男の人の手。
その手の持ち主は頭の中ではイメージできている。それを確かめようと、腕を遡って行く私の視線。
「待ってよ」
私の視線は真剣な表情の将之さんにたどり着いた。
一体全体、何が起きているの?
将之さんはどうして、こんな事をしているの?
私の頭の中は妄想も吹き飛び、真っ白状態。
男の人に腕を掴まれていると言うどきどきな出来事さえ、かすんでしまうシチュエーション。
「だって」
それが私の精いっぱいの言葉。




