第8話 「美術」
美術──。
それは俺が授業の中でも一番苦手な授業。
歴史などを聞くのは嫌いではないのだが、
実技…その中でも絵を描くことは大の苦手だ。
周りは上手く描けているのに俺は下手…。
頭の中でイメージを持ってもそれを形にすることも…。
理由をあげればきりがないが、とにかく俺は美術が苦手なのだ。
そして今日──。
「今回のテーマは鉛筆を使った人物デッサンです」
「モデルは自分でも友達でも大丈夫ですよ、それでは描き始めてください」
教師の言葉を合図に、教室に鉛筆の音が響き渡る──。
動いていないのは俺だけだ。
(ま…まずい、このままだと提出できないぞ)
(描くしかない、だ…だが俺は自分の下手なやつなんか見たくないぃ)
とりあえずモデルは自分自身にすることにした。
なぜなら俺の画力で描かれるモデルが可哀想だからだ。
嫌だと思いながら、俺は自分の写真をじっと観察し、
描き進めていく。
──30分後
出来はあまりよくないが、ひとまずは完成させることができた。
普通ならここから終了時間まで手直しなどをするのだろうが、
俺はもう描きたくないので、残り時間は周りのデッサンを見ることにした。
その結果、俺は認めたくない事実に気がついてしまった。
周りはみんな上手かったということだ。
竜崎にいたってはまるで人間をそのまま絵の中に閉じ込めたようなリアルさであった。
俺が絶望に打ちひしがれていると、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った──。
『ふーん、だから元気がないんだね』
「そうなんですよ…」
昼休みに俺は、先輩と竜崎に愚痴っていた。
美術への文句、俺の下手さ…とにかく愚痴った。
竜崎は俺を氷のような冷たい目で見ていた。
「なんだよ竜崎、これはデッサンが難しいのが悪いんだよおっ」
「私はデッサンはそこまで難しくないと思いますが」
「じゃあ教えてくれよ」
「モデルを観察しながらしゅーっとやってしゃっです」
「教えるのは下手なのかよ!」
『まあまあ』
俺はあまりのショックでお弁当が口を通らなかったが、
それを見た竜崎に「このままでは食品が無駄になってしまいます、まだ口はつけてないですね?」と言われ、
俺が頷くと、竜崎は俺のお弁当を品よく綺麗に食べ切った後、
竜崎は「クラス委員の仕事がありますので」と言い、早めに教室へ戻っていった。
「なんだよあいつ、大食いだったのかよ…」
「でもそんなことどうでもいいや…先輩、もう俺は無理です」
たった一つの授業でここまで凹むとは我ながら情けない。俺はうなだれた。
すると俺の姿を見かねたのか、先輩がなにか閃いた様子で『今日の放課後は暇かな?』と聞いてきた。
「暇ですけど…なんですか」
『このまま美術の授業が来るたびに落ち込まれても困るからね』
『僕が特訓してあげるよ』
『せっかくなら君の家でやりたいな』
『今日は学校も早く終わるしね』
俺はあまり気乗りしなかったが、先輩が言うならということでOKした。
部屋の掃除はしていないが、急に来る先輩が悪いので問題ない。
なんとか今日の授業は乗り切り、放課後になった。
校門を出る前、竜崎に先輩がいるのなら私も行きたいですと言われ、
三人でやることになってしまった。
うまくいけば先輩と二人きりだったというのに…。
そんなこんなありつつも俺の家に到着し、三人で俺の部屋へ入った。
部屋に入るなり竜崎が「掃除がなっていませんわね」と言ってきたが、
「急に来る方が悪いんだあっ」と一蹴しておいた。
『じゃあ始めようか』
そう言うと、先輩は鞄から紙と鉛筆を取り出した。
「まさかデッサンするんですか」
『そうだけど』
「俺デッサン嫌なんですけど」
『やらないと上手くならないよ』
一理あると思い、しぶしぶではあるがデッサンをすることにした。
『あっ、モデルは僕にしてね』
「えっ」
俺はその言葉を聞いて、少し止まった。
人を描くのは苦手だし、なにより先輩を俺の絵なんかで描きたくない。
「俺は先輩を描けないです、だって先輩に失礼だと…」
『……失礼じゃないよ』
『君に僕を描いてほしいんだ』
『上手い下手じゃなくてね』
「わかりましたよ…あんまり期待しないでくださいね」
『そうこなくちゃね』
「この部屋汚いですわね…」
「お前はなにしにきたんだよ!」
先輩は俺のベッドに座って同じ姿勢で止まっている。
モデルをした経験があるのだろうか?
そんなことを思いつつ、俺は鉛筆を走らせた。
やはりというべきか、目の前の先輩とは似ても似つかない出来だった。
先輩を下手に描けないと思い、いつも以上に観察し丁寧に描いたが、
いつもと大差はなかった。
『描けたかな?』
「まあ一応、描けました…」
『じゃあ見せてほしいな』
俺は嫌だった。
もし先輩にこれを見られて、失望されたりしたら立ち直れない。
俺が昼休みの時のようにうなだれると、
『えいっ』
先輩に隙をつかれ、紙を取られてしまった。
取り返そうとしたが、先輩はすでに絵をまじまじと見ている。
手遅れだ。
「はは…言ったでしょ、失礼になるって…」
『僕は好きだな、この絵』
「はい?」
『だって君が僕を見て一生懸命描いてくれたんだからね』
『よく描けてるよ』
正直、お世辞だと思った。
俺の絵は100点満点で点数をつけるなら10いけばいいほうだからだ。
だけど、先輩の表情は評価がお世辞ではないことを表していた。
「そんなに良かったですか?」
『うん』
「ならいいですけど…これ特訓になってるんですか」
『なってないんじゃないかな』
「ええっ」
『君の家に来たかったから口実にね』
また先輩が冗談か分からないことを言っている。
でも、少し救われたような気分だ。
自分の作品で喜んでいる人を見ると嬉しくなる。
絵を描くことが少しだけ、好きになれた。
『ところでりゅりゅはどこにいるのかな?』
そういえばずっと竜崎の声が聞こえなかった気がする。
どこへ行ったのかと思い、探していると、
玄関から音がした。
なんだと思い玄関へ行くと、そこにはパレットやイーゼル、キャンバスを持った竜崎がいた。
「な…なに持ってんだよ」
「なにって先輩を描くために家から道具を持ってきただけです」
『わあ、それは嬉しいね』
「では早速描きますので、先輩はポーズを…」
「ひとんちに勝手に道具を持ってくるなあっ!」
なんだかんだで今日も楽しい一日だった──。




