第77話 「寝顔・上」
金曜日の帰り、俺は先輩と話していた。
「明日から土日だね、枕木君」
「そうですね。いや〜休みが来ると思うと元気が出てきますよ」
「ふふっ、それでさ、明日って暇かな?」
「え、暇ですけど……なんでそんなこと聞くんですか」
俺がそう聞いても、先輩はなにも言わずに笑った。
意味が分からない。
「もお、なんなんですか。土日に予定が無くて暇な俺をからかってるんですか」
「ふふ、ごめんよ。そんなつもりじゃなかったんだ」
「じゃあ、なんですか」
「……明日、君のお家に遊びに行けるなって」
先輩はまぶたを半分落とし、半目で俺を見つめながらそう言ってきた。
その口元は少し緩んでいて、嬉しそうだ。
……そんなに俺の家に来たかったなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。
先輩は可愛いなあ。
「もお〜、先輩も早くそう言ってくれればこんな回りくどいことにならなかったのに〜」
「ふふ、でも僕が直接言わないのはいつものことだろう?」
「まあ、そうですけどね」
「それじゃあ、また明日ね、枕木君」
「はいっ」
そして、俺は先輩と別れ、家に帰った──。
先輩と俺の家で遊べるとは、なんて素晴らしい休みなんだ。
俺は明日を楽しみにしながら家の掃除などをし、
明日の先輩の服がスカートかズボンか予想しながらベッドに入った──。
次の日──。
「やあ、枕木君」
「あ、どうも先輩」
先輩が俺の家にやってきた。
服装はズボンで、上はカーディガンを羽織っている。
「……先輩、カーディガン羽織るの好きですね」
「ふふ、楽だからね。さて、そしたらお邪魔してもいいかな?」
「あ、どうぞどうぞ……ん?」
先輩を家に入れようとしたとき、俺は先輩が手に大きな荷物を持っていることに気がついた。
……俺の家で遊ぶだけにしろ、お土産を持ってきてくれたにしろ、それは大きすぎるものだった。
「あの……どうしたんですか、その荷物」
「ん? ああ、万が一の備えさ。あまり気にしないでくれたまえよ」
「はあ……」
「万が一ってなんだ?」や「気にしないでって言われても気になるんですけど」など、
言いたいことは沢山あったが、先輩にそれを言っても「ふふ、気にしないでおくれよ」とかはぐらかされそうなので、
聞くのはやめ、とりあえず家に入れた。
「ありがとうね、枕木君」
先輩は俺に笑いかけながら、そう言ってきた。
……いろいろ気になることはあったが、この笑顔だけでそれが吹き飛んでいく。
先輩はずるい。
「そしたら、なにして遊ぼうか、枕木君」
「え、あっ、お、オセロとかどうですか」
「ふふ、それはいいね」
そのあと、俺たちはいろいろなゲームで遊んだ。
オセロは心を読まれないために先輩に目隠しをしてもらったりしたが、
まったく勝てず、テレビゲームに切り替えても一度も勝てなかった。
「先輩〜、ちょっと手加減してくださいよお……」
「ふふっ、それでも別にいいけれど、君は手加減した僕に勝って嬉しいのかな?」
先輩が俺を挑発するような顔で見つめてくる。
「……嬉しくないですっ。よしっっ、やってやりますよっ。俺に本気を出させたことを後悔するといいですねっっっ」
「ふふ、その意気だよ」
俺はコントローラーを握る手に力を入れ、目を血走らせて戦ったが、一度も勝てなかった。
先輩のずるっ、いんちき。
「僕の勝ちだね」
「ぐぐぐ……」
「そしたら、僕の言うことを聞いてもらおうかな」
先輩が急に変なことを言い出してきた。
今日の俺たちはそんな取り決めはしていない。
「なんですかそれ、自分が勝ったからってずるいですよっ」
「え〜、ダメかな、枕木君」
「ダメですう〜急に言われても困りますう〜」
「むう……」
先輩は落ち込んだのか、眉が八の字になっていく。
だが、急になにか閃いたのか「ハッ」と言い、俺の膝の上に座ってきた。
「な、なんですか急に」
「ん、言うことを聞いてもらえないなら、勝手にやろうかなって」
「……そんなに俺の膝に座りたかったんですか」
「うん、君のここはあたたかくて落ち着くからね」
そう言うと、先輩が俺の胸に耳を当て、服を優しく掴んできた。
「ねえ、枕木君。このままここで寝てもいいかな……?」
「え?」
「ゲームで遊んで疲れてしまったんだ」
「はあ……まあ、いいですけど」
「ふふ、ありがとうね。あ、そしたら左腕を僕の方に寄せてほしいな……」
俺が先輩の言葉通りに左腕を寄せると、
先輩は両腕を回してきて、俺の左腕を抱いた。
「えっと……これは……」
「抱き枕が欲しいなって……」
「そ、そうですか」
「ふふ……ん……まぶたが重くなってきたよ。それじゃあおやすみ、枕木君」
「あ、はい。おやすみなさい、先輩」
俺がそう言うと、先輩はすぐに眠った。
どうやら、よっぽど眠かったらしい。
しかし、一緒に寝たことはあるが、先輩だけが寝るのは初めてだ。
(……そういえば、先輩の寝顔って見たことないな)
俺は思わず、先輩を起こさないように自分の顔を動かし、先輩の寝顔を覗き込んだ。
その顔は普段と違い、完全にまぶたが閉じていて、少し頬が赤くなっている。
先輩は、寝ている時も口を閉じていて、しっかりしている。
……先輩は、寝顔も天使のようだ。
それと、睡眠により高くなった先輩の体温を左腕を通して感じる。
とてもあたたかい。
(……先輩、可愛いな)
俺は、右腕で先輩を優しく抱き、そのまま過ごした。
そして数時間後──。
「ん……」
「お、ようやく起きましたか」
先輩は寝起きでまだ眠いのか、数回まばたきをしたあと、
大きく深呼吸をして、目を覚まし、いつもの表情に戻った。
「おはよう、枕木君」
「おはようございます、先輩。まあ、もう夕方ですけどね」
「ふふっ、そうだね……あっ」
先輩が急に、自分の体や服を確認し始めた。
服の乱れを見たり、においを嗅いだりしている。
「……よし、大丈夫だね」
「あの……どうかしましたか先輩」
「ん? 君が寝ている僕にいたずらしていたりしないかなって確認さ」
「なっ、そんなことしませんよっ」
「ふふっ、知っているさ。君を信用しているから、寝たんだからね」
「はあ……なら、確認しなくても……」
「一応ね」
先輩が笑いながら、俺の顔を見てきている。
……まだ起きてすぐなのに、先輩はもういつも通りだ。
もう少しだけでも、寝ぼけていたら……。
「おや、君は寝ぼけている僕の方がいいのかな」
「え、あっ、これは違くて」
「ふふっ」
「あ、あんまりからかわないでくださいっ。そ、そういえば先輩、帰る時間は大丈夫ですか? もう夕方ですけど……」
俺がそう聞くと、先輩はスマホで時間を確認した。
「おや、もうこんな時間だとはね。寝すぎてしまったよ」
「本当ですよ」
「ふふっ。はあ、本当は君の家に泊まりたいくらいだよ」
「ははは、でも着替えとかあったらいけますけど、そんなのないですからね〜」
俺が冗談混じりにそう呟くと、先輩の目つきが変わった。
「ふうん、着替えがあればいいんだ」
「え? まあ……」
「ちょっと待っててね」
先輩はそう言うと、持ってきた荷物の方へ向かっていく。
……なぜだろう、嫌な予感がする。
まさか、あの荷物がやたらと大きかった原因って……。
「はい、この荷物が僕の着替えや、ヘアブラシとかが入ったお泊まりセットだよ」
(や、やっぱりそうだったかあっ)
「これで、お泊まりできるよ」
「い、いや急に泊まるってなったら先輩のお母さんとかが困るんじゃ……」
「もう言ってあるから大丈夫さ」
「ええ……」
先輩の準備が万端すぎる。
おそらく、最初からこれを狙って俺の家に来たのだろう。
だが、俺が断ればこの話は終わりに……。
その時、先輩が俺に抱きついてきた。
「ちょ、なにするんですかっ」
「僕、君の家に泊まりたいな。ダメ……かな?」
先輩が甘えた声を出しながら、俺を上目遣いで見つめてくる。
「い、いや……でも急に……」
「お願いだよ、枕木君……」
先輩が抱きつく力を強めてくる。
そのせいで先輩の温もりがより伝わってきて──。
「わ、分かりましたよっ。泊めればいいんでしょっ」
「わーい。君は優しいね、枕木君」
俺は先輩の押しに負け、泊めることになってしまった。
……俺たちはどうなってしまうのだろうか──。




