第76話 「先輩の一日」
やあ、僕は月城真央、男子高校生さ。
今日は僕の一日を紹介するよ。
「ん……朝だ」
目覚ましの音でベッドから立ち上がり、目をこすりながら顔を洗いに行く。
そして水の冷たさで完全に目が覚め──。
「よし、目が覚めたよ。次は……」
僕はキッチンへ行き、朝ご飯とお弁当を作り始める。
すると、お母さんも起きてきた。
「おはよう、お母さん」
「ん〜、朝ご飯のいい匂いで起きちゃったよマオ〜」
「ふふ、今日はお母さんの好きな『イングリッシュブレックファースト』だからね」
「本当っ? ふふふ、なら、いっぱい食べちゃうもんね〜」
そう言って、お母さんは顔を洗いに行った。
そのあと、僕とお母さんで朝ご飯を食べ、洗い物は任せて僕は学校の支度を始めた。
ちなみに、朝起きてこないのでお姉ちゃん分の朝ご飯は作ってあげない。
作って欲しいなら、きちんと朝起きられるように生活習慣を改善してほしいね。
それはともかく、僕はいつものように、どちらかの制服を着るか考えていた。
(うーん……今日の風なら、スカートでも大丈夫そうだよ。よし、今日は女子制服に決まりだね)
そして僕は制服に着替え、歯を磨いたり、髪をといたりの準備を終え、
「行ってくるね、お母さん」と声をかけ、家を出た。
僕はいつも早めに家を出る。
それはなぜか……枕木君より早く校門に着くためさ。
その方が先輩らしいからね。
そのあと、校門に着いて、周りを見回して枕木君がいないことを確認し、
僕は校門の近くに立って枕木君を待った。
そして──。
「やあ、枕木君」
「あ、おはようございます。先輩」
枕木君が学校に着いた。
そのあと、いつも通り枕木君とたわいのない話をしている最中、
僕はふと、枕木君の顔を見た。
枕木君がなにを考えているのか知るため、毎朝こっそりと見ているのさ。
(先輩……今日も綺麗だな。あと、太ももが……)
……いつも通りだね。
枕木君は僕がスカートを履いている時は、いつも太ももを見てくる。
初対面のときは、理性が働いていたのか、あまり見てくることはなかったのに、
付き合いが長くなるうちに、だんだんと太ももを見てくるようになったんだ。
(ふふっ、まあ、枕木君にいやらしい目で見られるのは悪い気分ではないけれどね……)
「ん? どうかしましたか先輩」
「え?」
「いや、急に先輩が笑ったから……なんかおかしかったですか、俺」
どうやら、僕は自然と笑ってしまったみたいだ。
「なんでもないさ」
「本当ですか〜?」
「本当さ……おっと、そろそろ授業の時間だね。またね、枕木君」
「はあ……さようなら、先輩」
僕は笑った理由を誤魔化して、教室へ向かった。
……教室にいる時間は、さっきまでと違って、あまり楽しくはない。
友達も、気兼ねなく話せる相手もいないから。
(……早く、お昼休みにならないかな)
そんなことを思っていると、授業が始まった。
授業自体は、学びを深められるから苦手じゃない。
グループワークじゃなければね。
(さてと、授業は真面目に聞かないとね)
心の中で気合を入れ、授業を受けた。
そして数時間が経ち、お昼休みのチャイムが鳴った──。
(お、お昼休みだね。早く行かないと)
僕はお弁当を持っていつもの場所へ行った。
するとそこには、枕木君はまだいなくて、りゅりゅだけがいる。
枕木君は、よく遅れてくる。
もっと早く来てほしいものだよ。
「やあ」
「あ、先輩。待っていましたわ」
そのあと、僕たちは枕木君が来るまで、少し雑談をした。
りゅりゅとの話は、スイーツだったり趣味の話だったり、枕木君と違った内容を話せて楽しい。
……話している最中、りゅりゅがなにを考えているのか気になって、
顔を見ると「先輩はいつも綺麗ですわ〜」と考えている。
いつも通りだね。
ただ、りゅりゅも枕木君と一緒で、僕のことを綺麗だと考えているけれど、
一つだけ、決定的に違う部分がある。
それは、りゅりゅは太ももを見てこないということさ。
枕木君はいやらしく見てくるのにね。
「ふふ、そのお店に僕も行ってみたいよ」
「もちろんですわ……おや、来たみたいですよ」
そのあとも話していると、突然、りゅりゅの視線が、僕から別の方向へ移る。
きっと、枕木君が来たんだろう。
「少し遅いですわね」
「だ、だって、トイレが混んでたんだからしょうがないだろっ」
「そういうのは、余裕を持って済ませるものですわ」
「あのな、竜崎〜っ」
枕木君とりゅりゅが、少し言い争っている。
ふふ、いつも通りだね。
「ふふっ、二人とも言い争いは結構だけど、お昼を食べようよ」
「……まあ、先輩がそう言うなら」
「そうですわね」
二人とも、僕が止めに入るとすぐにやめてくれるんだ。
優しいね。
「それじゃあ、食べようか。せーの」
「「「いただきます」」」
僕たちは一緒にお弁当を食べ始めた。
……楽しいな。
まあ、枕木君が食べながら学校の愚痴を言ってきたけれどね。
気持ちは分かるけれど、やめてほしいものだよ。
そのあと、愚痴ばかりの枕木君の口を、りゅりゅに無理矢理塞いでもらい、
僕たちは楽しいお昼休みを過ごした──。
「りゅ、竜崎……お前、手で口塞ぐのはなしだろ……。お前自分の握力をだな……」
「加減したので大丈夫ですわ」
「あのなあ……」
また枕木君とりゅりゅが言い争い始めた。
二人とも仲がいいね。
ただ、そんなこんなしていると、お昼休み終了のチャイムが鳴った。
楽しい時間というのは過ぎるのが早いものだね。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くね。ばいばい、二人とも」
言い争っている二人を放っておいて、僕は先に教室へ戻った。
……はあ、また楽しくない時間になってしまったよ。
でも、これを終えれば帰れると思うと、少し元気が出てくる。
(あと少し、頑張ろう)
気合を入れ直し、僕は授業を受けた。
それで、順調に進んでいた……今日最後の授業までは。
最後の授業は体育で、それだけでも僕は気分が落ち込んでしまうけれど、
問題は……。
「はい、ではペアを組んでください」
(んえ……ペアか……)
ペアでやる体育は僕がもっとも苦手な授業だ。
体育が苦手で、他人と組む授業も苦手。
マイナスとマイナスでプラスになってくれればいいのだけれど、
現実はマイナスが大きくなっただけの辛い授業さ。
……帰りに枕木君に愚痴りたい気分だよ。
ただ、いつも枕木君に「愚痴らないでね」と言っている手前、そんなことはできないけれどね。
はあ、早く終わってほしいな……。
一時間後──。
(……疲れたな)
僕は体育で体も心もへとへとになってしまい、
いつもは僕が校門で枕木君を待っているのに、今日は枕木君に待たれてしまった。
「あ、先輩、今日は遅……大丈夫ですか? なんか顔色もよくないし、すごい疲れてそうですけど……」
「ん……なに、ただ最後の時間が体育だっただけさ」
「本当にそれだけですか……?」
「本当さ」
僕は本心を隠して枕木君と接した。
「……まあ、先輩が隠したいならそれでいいですけど、家まで歩けるんですか」
「大丈夫さ、今日はお母さんが迎えに……」
その時、僕はあることを閃いた。
このままいけば枕木君と一緒に帰れるんじゃないか……と。
そして、枕木君と帰るために僕は急いでお母さんに「迎えはいらない」と連絡をした。
「ああ、先輩のお母さんが迎えに来てくれるなら……」
「……僕、歩けないな」
「あれ、今お母さんがって……」
「歩けないな……」
僕は無理矢理押し通した。
最初は、枕木君の顔を見ても「本当か〜?」と疑われていたけれど、
疲れているのも、一人では歩けないのも本当だから、次第に信じてくれた。
「……まっ、先輩の頼みなら仕方ないですね。一緒に帰りますよ」
「ありがとうね、枕木君」
そして、僕たちは手を繋いで帰った。
……枕木君の手は、僕より大きくて、僕の手はすっぽりと覆われている。
でも、あったかくてなんだか安心する。
そんなことを思いながら、歩いていると、枕木君が口を開いた。
「先輩」
「ん、なんだい?」
「本当は、お母さんに迎えに来てもらう予定だったんですよね」
「……どうかな」
「いや、あんな雑な誤魔化し方なら誰でも気づきますよ」
「それなら、僕を放っておいて一人で帰ればよかったのに」
「それは、疲れてる先輩を放っておけないですし、あと……」
枕木君は、一呼吸置いて再び口を開いた。
「先輩が、俺と帰りたいと思ってそうだったから……」
枕木君に本心を見抜かれていたことを知り、
僕は少し恥ずかしくなったけれど、その気持ちを胸の奥にしまい込んだ。
「先輩? 少し顔が赤くなって……」
「……夕日のせいじゃないかな」
「本当ですか〜?」
「……本当さ」
そのあとも、枕木君は聞いてきたけど、僕ははぐらかした。
……そういえば、体育であんなに疲れていたのに、
枕木君と話してからは、少し元気になってきた気がする。
「……ありがとうね、枕木君」
「え、なんですか急に」
「一緒に帰ってくれたお礼さ」
そして、家に着き、枕木君は玄関前まで付いてきてくれた。
「ありがとうね、ここまで着いてきてくれて」
「だって、ここまで送らないと先輩が急に倒れたりしたら大変ですし……」
「ふふっ、じゃあね、枕木君」
「さようなら、先輩」
「あ、やっぱり少し待ってほしいな……」
「え?」
僕は枕木君に近づき、繋いでいた枕木君の手の甲にキスをした。
「な、なにするんですか」
「ん、お礼をしようと思ってね」
「……だったら俺もしますよ」
そう言うと、枕木君は僕の手の甲にも、キスをしてくれた。
「お返しです」
「……ふうん、前だったらおどおどして終わりだったのに、やり返すようになってきたね」
「成長ですよ。それじゃあ先輩、また明日」
「……また明日、枕木君」
そして、枕木君は帰っていった。
まだ、僕の手に感触が残っている。
(……ふふ、枕木君にキスを返されるなんてね)
手を見ながら、さっきまでのことを思い出していると、
突然玄関のドアが開いてお母さんが出てきて、
その顔を見ると、とてもにやけている。
「おやあ〜、体育なのに、マオが私のお迎えを拒否したから何事かと思えば、これが目的だったのね〜」
「……見てたの、お母さん」
「インターホンのカメラ越しにね。ふふふ」
「…………」
僕はお母さんの脇腹を人差し指でつついたあと、家に入り、自分の部屋へ向かった。
(はあ、お母さんのああいう癖は直してほしいね……そんなことより『また明日』か……)
……枕木君と、明日も会えると思うと、元気が出てくる。
(枕木君のために、明日からも頑張るとするよ──)




