第75話 「食堂」
……空を雲が覆い、雨が降ってきている。
天気予報では晴れのはずだったのに……。
まあ、雨の日は嫌いではない……が、いい部分と悪い部分がある。
いい部分は、雨の日はいつもの場所だと雨に打たれてしまうので食堂で食べることになり、
竜崎は人気すぎて食堂に来られないので先輩と二人きりで食べられること。
悪い部分は……。
「食堂かあ……」
「別にいいじゃないか食堂でも、教室で食べるよりはいいだろう?」
「まあ……そうですけど……」
俺は先輩と食堂の席に座り、先輩に愚痴をこぼしていた。
そう、悪い部分とは食堂だ。
お昼時の食堂……それは生徒が一番集まっている場所と言っても過言ではない。
そして集まった生徒たちは授業の内容、または学校に関係のない日常の出来事などを思い思いに話す……。
人が集まり、みんなが話すとどうなるか……そう、騒がしいのだっ。
「俺は騒がしいから食堂苦手なんですう〜っ」
「ふうん、そっか。別にいいじゃないか、みんな楽しそうに話してて」
「でもお……」
「まあ、雨で外に出れないから今日は我慢しようね」
俺の愚痴は先輩に流されてしまった。
「はあ……確かに雨だから我慢するしかないですね……。じゃあ、お弁当を……」
俺が自作のお弁当を取り出し、蓋を開けて食べようとすると、
先輩が止めてきた。
「待って、枕木君」
「な、なんですか先輩。ここの食堂は持ち込みOKですよ。というか、雨の日は先輩もこうしてるじゃないですかっ」
「ルールの話じゃないよ。ひとまず、僕の話を聞いてほしいな」
「はあ……」
俺は先輩がお弁当を食べる手を止めてきた意味を知るため、先輩の話に耳を傾けることにした。
そして、先輩が少し笑ったあと話を始め、
内容は「毎回、雨の日に食堂に来ても持ってきたお弁当ばかり食べているから、食堂のメニューを頼もうよ」というものだった──。
「どうかな、枕木君。僕も食堂のメニューを食べたことがないから、頼んでみたいんだ」
「はあ、まあいいですけど。お弁当を食べないと痛んじゃうじゃないですか」
「……確かに、お弁当が傷んでしまうのは仕方ないね。それじゃあ、僕だけなにか頼んでくるよ」
「ん? 先輩はお弁当持ってきてないんですか」
「うん。今日は雨が降ると思ったから、食堂で食べるためにお弁当をあえて持ってこなかったのさ」
……先輩は凄い。
天気予報では晴れだったのに、自分の勘を信じ、あえてお弁当を持ってこないとは。
もし外れたらどうするつもりだったのだろうか。
「予想通り晴れてたら先輩はどうするつもりだったんですか」
「ん? 君のお弁当を少し貰うつもりだったよ」
「勝手に人のお弁当を貰う前提にしないでくださいっ」
「ふふっ、さてと、それじゃあ僕はメニューを見てくるよ」
そう言って、先輩は席を立っていった。
……先輩はなにを頼むつもりなのだろうか。
メニューになにがあるか気になり、周りの席を見回すと、カレーやラーメン、他にもカツ丼やハンバーグなど、
さまざまな料理を食べている生徒が見える。
どうやら、この学校の食堂はメニューが豊富らしい。
しかし、どれもガッツリ系というか、先輩が食べそうな感じではない……というか、
先輩がなにを頼むのか俺には分からない。
ここは、先輩がいつも作ってきているお弁当から推測してみることにしよう。
先輩のお弁当はいつもパンで、前に俺が「なんですかそれ」と聞いたとき、
「これは『カスクート』だよ」と言っていた。
そのときの俺は「はえ〜なんかおしゃれ」なんてことを思った記憶がある……。
つまり、先輩が頼みそうなのは「おしゃれな料理」だろう。
思い返せば、先輩の家で食べた料理も「ボロネーゼ」だの「アクアパッツァ」だの、横文字の料理ばかりだ。
(決まりだ……先輩はおしゃれな料理を頼んでくるはずだ……おっ)
噂をすればなんとやら、ちょうど先輩が料理を持って戻ってきた。
俺は当てる前に料理を見ないように、目を瞑った。
「やあ、枕木君。美味しそうだったからこれを……」
「ちょっと待ってください先輩っ。先輩が頼んだ料理は……なんかカタカナで書かれてるおしゃれなやつですね」
「ん? 僕が頼んだのは『豚丼』だけど」
「え゛っ」
思わず目を開けて見ると、先輩が持っていたのは本当に豚丼だった。
「う、嘘だ……先輩はカタカナで書かれてる料理しか食べないはずでは……」
「僕はそんなこと言った覚えはないよ、枕木君」
「う、うわあああっ」
俺は自信満々で答えたのに外したショックで、机に突っ伏した。
突っ伏しながら、チラッと先輩を見たが、
先輩は気にしていないのか「いただきます」をしたあと、普通に食べ始めた。
俺は思わず、顔を上げて口を開いた。
「ちょ、ちょっとなに普通に食べてるんですか。目の前で俺が落ち込んでるのに」
「君が勝手に落ち込んだんじゃないか」
「それはそうですけど……もっと慰めるとか……」
「ん〜、がんばれ枕木君〜応援してるよ〜。さて、慰めたしご飯に戻るね」
先輩は俺をテキトーに慰めたあと、豚丼を食べ始めた。
美味しいのか、先輩の口角が上がっていく。
……最初は慰めがテキトーだったことにモヤモヤして先輩の顔を見ていたが、
今は、そんなに豚丼が美味しいのかが気になって、先輩を見ている。
「あ、あの……それそんなに美味しいんですか」
俺が思わず聞いてしまうと、
先輩はきちんと飲み込んでから話し始めた。
「これ、すっごく美味しいよ。もっと早く食堂を利用すればよかったと思うほどにね」
「なっ、そんなに……。そ、その一口とか……」
「いくら君といえどそれはできないな〜。僕は口をつけたものをあげたり貰ったりはしない主義なのさ」
「そ、そんなあ…………」
「ふふっ、君はお弁当があるからね。お弁当を食べた上でお腹に余裕があれば頼んだらいいんじゃないかな」
先輩はそう言うと、再び豚丼を食べ始めた。
そのあと、俺は絶対に豚丼も食べてやると思い、お弁当を食べたが、
食べ終わったとき、俺の胃には豚丼が入らないと分かった。
そのとき、俺は決意した。
「次の雨の日はお弁当を持ってこないようにしよう」と。
そして、俺は次の雨の予報の日、お弁当を持たずに登校したが──。
「なんで晴れるんだああっっっ」
「予報だから仕方ないよ、枕木君」
予報は外れて晴れてしまい、
俺は泣きながら先輩と竜崎のお弁当を分けてもらった──。




