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第78話 「寝顔・下」

 先輩を泊めると決めたあと、俺は悩んでいた──。


(勢いで泊めるって言っちゃったけど、どうしよう……。ご飯とかないぞ……。あと、いつ帰るんだろう……)


 そんなことを思っていると、先輩が俺の顔を覗き込んできた。


「な、なんですか。顔を見ないでくださいっ」

「僕は明日のお昼前には帰るよ。それと、ご飯なら持ってきているから大丈夫さ」

「え?」

「見ててね」


 そう言うと先輩は、荷物から干し肉や缶詰など、大量の保存食を取り出してきた。


「君にご飯の負担をかけさせるわけにはいかないからね。たくさん持ってきたのさ」

「そ、そうでしたか……」


 ご飯の負担を考えられるなら、急に俺の家に泊まるという負担も考えてほしいと思ったが、

言っても無駄だろうし、なによりもう俺が許可してしまったので、

言わずに黙っておいた。


「ま、まあとりあえずご飯にしますか」

「そうだね。ちなみに、君のご飯はなにを食べるんだい?」

「え、野菜炒めと味噌汁とお米ですけど……」

「ふうん、そしたら、僕も手伝うよ」

「えっ、言っときますけど材料は一人分しかないですから、手伝ってくれてもあげませんよ」

「君は僕を食いしん坊だと思っているのかな? ただ手伝った方が早く君も食べれると思っただけさ。一人で先に食べても寂しいしね」


 先輩は笑いながらそう言ってきた。


「……ありがとうございます」

「ふふっ、じゃあ早速作ろうか」


 俺は野菜炒め担当になり、先輩には味噌汁を担当してもらった。

お米は炊くのが面倒くさいから今日はレンチンだ。

そして、先輩が手伝ってくれたこともあり、一人分の食事はすぐに出来上がった。


「ふう、すぐにできましたね。それじゃあ、一緒に食べますか」

「ふふ、そうだね」

「「いただきます」」


 俺たちは同じテーブルに並んで座り、食べ始めた。

先輩はなにを食べているんだろうと思い、チラッと見ると、持ってきた干し肉をパンに挟んで食べている。


「美味しそうですね」

「ふふ、あげないよ」

「俺は食いしん坊じゃないですうっ」

「ふふふ」


 そのあと、俺たちはあっという間に夜ご飯を食べ終わり、

一緒に後片付けをしたあと、またゲームで遊ぶことにした。

俺はトランプのババ抜きをやることにして、

先輩には俺の顔が見えないように目隠しをしてもらうというハンデもつけた。


 これならさすがに俺が勝てるだろう。

そして、二人ということもあって、あっという間に最後のババの駆け引きのターンになり──。


「先輩、俺のババは左にありますよ」

「え〜、ほんとかなあ?」

「本当ですよ〜」


 ……嘘だ。

俺のババは右にある。

だが、今の先輩は俺の顔を見れないし、分からないはず……。


「まあいいや、枕木君がババを置いてそうなのは……こっちかな」

「あっ」


 左のカードを取られ、先輩のトランプが揃ってしまった。


「ふふ、本当はババがあるのは右なんだろう?」

「く、くそお……」


 俺が負けて悔しがっていると、先輩は目隠しを外し、

どこからか、カリカリ梅を取り出して食べ始めた。


「……なんすか、その梅」

「枕木君、あんた、嘘つきだね」

「はい?」

「ふふ、気にしないで、言ってみたかっただけさ」


  先輩はなにを言っているのだろうか?

急に二人称が「あんた」になるし……。

それはともかく、その後も何回か戦ったが俺は一度も勝てなかった……。


「な、なんで俺は勝てないんだあっ」

「そういうこともあるよ、枕木君。それより、そろそろお風呂の時間だね」

「勝手に話題を切り替えないでくださいっ」


 あまりにも突然な話題変更に思わず、声を出してしまったが、

確かにそろそろ俺も疲れてきたし、お風呂に入りたい。

……いや、もしかして先輩はこれが狙いで俺の家に泊まってきたのか?

だとするとまずい、きっとこのあと「一緒に入るかい」なんてことをニヤけた顔で言ってくるんだろう。

だが、先輩の狙い通りにはさせないぞ。


「おっ、お風呂は一人で入りますっ」

「ふふ、僕はそんなこと言ってないよ」

「あっ……」


 先輩がニヤけながらこちらを見てくる。

俺は恥ずかしくなり、逃げるようにお風呂を沸かしに行った。

だが、先輩がついてくる。


「な、なんでついてくるんですかあっ」

「ん? だって、どっちが先に入るか決めたいだろう?」

「別に先輩先でいいですよ……」

「今日の僕はゆっくり湯船に浸りたいし、髪を乾かしたりするから長くなるけどいいのかい?」

「……先に俺が入ってほしいんですか」

「僕は提案してるだけさ」


 なにか狙いがあるのか知らないが、俺には先輩の考えていることが分からないので、

とりあえず俺が先に入ることにした。

そのあと、お風呂が沸いて先に入ったが、別に先輩が乱入してきたりなどはなかった。

……少しだけ、期待していたのに。


「先輩、お風呂あがりましたよ」

「ふふ、僕がなにもしなくて寂しかったかな?」

「俺の顔を見てないで早くお風呂入ってくださいっっ」

「ふふふ、じゃあね〜」


 先輩は荷物からパジャマとバスタオルを持って、お風呂へ向かって行った──。

先輩はどれだけ荷物を持ってきたのだろうか……。

しかし、先輩が俺の家でお風呂に入っていると思うと、変な気持ちが胸の奥に生まれてくる。

そんなモヤモヤを胸に抱え、一時間ほどリビングで悶々としていると、先輩が戻ってきた。


「やあ、枕木君」


 お風呂上がりの先輩の周りには湯気が立ち上っていて、とても暖かそうだ。

それと、パジャマもタオルも高そうで触り心地が良さそうだ。

そんなことを思いながら見つめていると、急に先輩が俺に両手を回し、抱きついてきた。


「なっ、なにするんですかっ」

「ん〜、君が僕を見つめているということは、僕も君を見つめているということさ。パジャマとタオルの触り心地が気になるんだろう? ほら、よく感じてみて」


 ……先輩の触り心地は想像していた通りとてもいい。だが、それ以上に伝わってくるのは、

お風呂上がりで温まった先輩の体温だ。

それに、シャンプーの匂いなのか、いつもよりいい匂いがしてくる。


「どうかな、お風呂上がりの僕は」

「……離れてくださいい」

「本当に離れていいのかい?」

「それは……」

「ふふ、じゃあずっとこうしてあげるよ」


 先輩は、自分の体温が下がるまで抱きしめ続けてきた。


「あらら、冷めてきてしまったよ。そしたら、そろそろ離れようか──」


 先輩が手を離し、俺から離れようとする。

……急に抱きしめてきたのに急に離れるなんてずるい。

そう思った俺は、自然と先輩の体に腕を回し、離れられないようにしていた──。


「……おや、捕まってしまったよ。大胆だね、君は」

「え、あ、これは体が勝手に……」

「ふうん、そっか。君の体は僕のことが好きなんだね」

「い、いやそれは……」


 俺が言い訳をしようとすると、先輩が笑ったあと、

もう一度俺の体に腕を回してきた。


「それなら、もう少しこうしていたいな。いいかな? 枕木君」

「お、俺はいいですけど……」

「ふふっ」


 そのあと、俺たちはずっとお互いを抱きしめ合い、

気づけば深夜になっていた。


「おや、もうこんな時間だとはね。そろそろ歯磨きをして寝ようか」

「そ、そうですね」


 俺たちは回していた腕をほどき、歯磨きをし、

歯磨きを終えたあと、俺の部屋へ移動した。


「……もしかして、先輩、俺の部屋で寝るつもりですか」

「うん、君と一緒のベッドでね」

「先輩、俺と一緒に寝るの好きですね……」

「ふふっ、君と寝るといつもより落ち着いて寝れるのさ。君がよかったら毎日一緒に寝たいくらいさ」

「ま、毎日は刺激強すぎるのでダメですっ」

「ふふ、そっか。そしたら、そろそろ電気を消して寝ようか」


 俺は電気を消し、先輩が待っているベッドに入った。

……なぜ俺の部屋で俺のベッドなのに先輩が待っているのだろうか。


「先輩、狭くないですか。これ一人用ベッドですし……」

「大丈夫だよ。それに僕は狭い方が距離が近くていいと思うな」

「……そうですか」


 俺は距離が近いと、先輩の感触を感じてしまうので離れていてほしい。

現に今は先輩と近すぎて、眠れない。

しかも、体をこちらに向け、俺を抱き枕のようにしてきた。


「あの先輩……もう少し離れてくだ……え」


 俺が先輩へ意見を通そうとすると、先輩はすでに寝ていた。

……いつもはこんなに早く寝ないのに、よっぽど疲れていたのだろうか。

それとも、落ち着くのだろうか?


 暗さに目が慣れてきた頃、俺は先輩の寝顔を見つめた。

その顔は、とても幸せそうだった。


(……まあ、このままでいいか)


 そのあと、俺も先輩を抱きしめ眠りについた──。


 次の日──。


「おはよう、枕木君」

「ん……」


 先輩の声で目が覚めていく。

目をこすりながらベッドから立ち上がり、先輩の方を見つめると、

すでに先輩はパジャマから着替え、しゃっきりとしていた。


「……早いですね」

「ふふ、僕は朝に強いんだ。ほら、洗顔と歯磨きへ行こう」

「はあ……」


 俺はお母さんみたいなことを言われてしまった。

いや、お母さんにこんなことを言われたことはないが……。

それはともかく、俺は洗顔などを済ませ、朝ご飯を作った。

先輩は、昨日と同じ、干し肉をパンに挟んだものを作っている。


「それ好きですね、先輩」

「ふふ、美味しいからね。あげないよ」

「だから俺は食いしん坊じゃないですっ」

「ふふっ」


 そして、一緒に朝ご飯を食べ、そのあと少し遊び、

先輩が帰る時間になった。


「おや、もうこんな時間だね。僕はそろそろ帰るとするよ」

「忘れ物とかしないでくださいね」

「ふふ、もちろんさ」


 先輩は持ち物の最終確認をしてから玄関へ向かい、

それを見送るために俺も玄関へ向かった。


「それじゃあ、僕は帰るよ。急に言ったのに泊めてくれてありがとうね」

「本当に急でしたよ……」

「ふふっ、楽しかったよ枕木君。ありがとうね」

「……俺も楽しかったです」

「なら、良かったよ。それじゃあ、またね」

「さようなら、先輩」


 そして、先輩は帰って行った。

……急に泊めて欲しいと言われた時は驚いてしまったが、

なんだかんだで、とてもいい時間だった──。


 ──その日の夕方、チャイムが鳴ったので玄関のドアを開けると、

先輩が立っていた。

……しかも、また大きい荷物を持っている。

なにか嫌な予感がしてくる。


「えっと……忘れ物でもありましたか」

「あのね枕木君……今日も泊まっていいかな」

「駄目っ!!」


 二日連続はダメです──。

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